【ビジネスパーソン大航海時代】愚直なエンジェルは「日本を代表するスタートアップを作りたい」~航海(19)

 
三木さん

 みなさんは“エンジェル投資家”と聞くとどのような印象を持ちますか?「もともと起業家だった人がなるもの」「セミリタイアした人が片手間でやるもの」「あまり自分とは関係がないもの」のように思いませんか?もしかするとその考えは根底から揺さぶられるかもしれませんよ。今日はサラリーマンからエンジェル投資家になった三木寛文さん(44歳・MKマネジメント株式会社 代表取締役社長)についてお話させてください。

 三木さんは大学卒業後に大手旅行会社に入社、2年半を経てITコンサルタントとなったのちにモバイルコンテンツ全盛時代にサイバードへ転職し新規事業立ち上げを経験、その後SNS黎明期のグリーに入社。そこで上場を経験された後にいまはエンジェル投資家としてスタートアップに出資・支援をされています。

 経緯を伺ううちに、目線を上げられる環境に身を置いて愚直に行動し続ければやがて大きな山を登っているという感覚を得ました。みなさまの気づきになりますと幸いです。

 それではインタビューをご覧ください。

 自信がなかった幼少期から脱却した原体験

 三木さんはどのような生い立ちなのか。まずそれから紐解いてまいります。

 どのような子供時代を過ごされていたのですか?

 「父親はネックレスを作る貴金属工芸の職人をやっていました。時代が高度成長期だったので、よくネックレスが売れる時代だった事もあり、習い事や塾など、比較的教育にはお金をかけてもらえていたし、のびのびとした子供時代をすごせました。ただ…」

 お、何か?

 「小学校のころは本当に自信がない子でした。運動が全然できなくて、学力もなくて。走れば最下位集団だし、一番最初に塾で受けたテストの偏差値は40台でした(笑)」

 なかなかの大物と言えますね(笑)。転機は何でしたか?

 「実は僕の人生の大逆転のきっかけは、中1の持久走大会なんです。大勢の女子生徒が応援する前でビリで入ったら本当にオレの人生は終わるなと思い、大会前に当時仲が良い友達に学校に1時間早く来てもらって、“頼むから一緒に走って”と言って1カ月毎日朝練で走ったら、だんだん長くついていけるようになり、大会ではなんと学年で上位入賞しちゃって。そこで、どんなことでもやれば出来るんだっていう自信ができて、次第に勉強もできるようになっていきました(笑)」

 人生を這い上がって行ったわけですね!原体験。

 「当時はそこまで考えていないのですが、私は下から這い上がっていく人生のようです」

 その後どのようなことがあったのでしょうか?

 「高校は埼玉県の中で成績上位校だったのですが、なんと浪人をしてしまいました…。悔しかったです。せっかく得た果実を手放して、また這い上がらなきゃ!となりました」

 苦節浪人時代はどう過ごされましたか?

 「僕以外仲良かった友達はみんな、現役で大学に行っていたので、皆の大学での充実した楽しい話を聞いて、こっちは大学に行く資格がない自分にイライラしていました(笑)。それが私のやる気に火をつけたのです。“大学行ったら俺はコレをやる”と言うアイデアをノートに書き始めて、思ったらノートに書く習慣がつきました。結局大学は早稲田に入学し、最初はサークル15個、アルバイトは100種類以上。東南アジアや南米などにバックパッカーで放浪にもいきました」

 華の大学生活にどっぷりとハマったわけですね。特に今に影響を与えたことは何になりますか?

 「アイセックというサークルに入ったことです。真面目系の企画サークルなのですが、孫正義さんや、南部靖之さん、澤田秀雄さんが“ベンチャー三銃士”として目立っていた時期に、その当時のそうそうたる起業家の方々の話を聞ける企画を4年間やっていました。起業家精神に触れることができましたし、なにより当時の大学生の中でも意識が高い人たちと出会えたことが大きいです。出世したOBでは、ユーグレナの出雲充さん(2012年マザーズ上場・2020年現在東証1部)とか、メルカリの山田進太郎さん(2018年マザーズ上場)、五体不満足の乙武洋匡君とかも一時期いました。また、社会人の初期は、スペースマーケット重松大輔くん(2019年マザーズ上場)、クラウドワークス吉田浩一郎くん(2014年マザーズ上場)、弁護士ドットコム元榮太一郎くん(2014年マザーズ上場)、エンジェル投資家の高野秀敏くん(実は最初にネットベンチャーへつないでくれた人)などとも交流の機会がありました」

 黎明期のスタートアップに転職

 お金では買えない環境ですね。そのあと新卒はどちらに入社されたのですか?

 「国内の大手旅行会社に入社しました。でも2年くらいで辞めました。すごくいい会社ではありました。でも市場環境を見ると職場旅行がなくなっていて業績が回復する見込みは乏しく、営業マンの多くが目標金額を達成できていませんでした。明るい未来が描きづらかったので退職しました」

 そうなのですね。転職する時にはどのように考えたのですか?

 「これから伸びる業界に行こう!と決めて転職活動をしました。IT業界に移ってコンサルタントになった後に、2002年サイバードという会社に入社することになります」

 2002年!ケータイバブルと言える時期ですね。

 「はい。少し前にiモードができて、サイバードがケータイ向け有料課金コンテンツ業界ではすごい勢いで伸びていました。勝ち組の会社は、こうもヒト・モノ・カネ・情報が自然と集まってくるのかと思い、時代の大波に乗る事の重要性を知りました」

 サイバードでの代表的なお仕事を教えてください。

 「占い課金サイトです。江原啓之先生の占いサイトを立ち上げまして、それが年間数十億円くらいの売り上げで、あの時の経験が自分の最初の成功体験でした。とにかく毎日売り上げが伸びていくのを見るのが楽しくて睡眠時間を削って仕事をしましたし、色々な業界の人とも繋がりができました。特に会社が良いポジションにいたので、エンターテインメント系の主要な会社にはほぼアクセスできたと思います。その後、自分の中でやり切った感もあり、iモード公式サイト神話の勢いが崩れてきた2006年にグリーに転職しました」

 2006年!グリーの黎明期ではないですか?

 「そうですね。まだ20番目くらいの社員でした。当時グリーはPCからモバイルにシフトする戦略を取り始めた端緒で、僕がモバイル業界経験者第1号として採用されました」

 なるほど、サイバードで頑張ったかいがありましたね。

 「はい。運がよかったです。面接はなんと1回だけで決まったのですが、5時間もの長時間に及びました。まず取締役が出てきて、次にCTOや副社長になって、最後に代表の田中良和さんになって。その時点でもう終電が無かったんですけど、入社するって言わないと帰れない雰囲気で(笑)。翌日ぐらいから、平日夜とか休日にグリーに行って仕事してました」

 それからグリーは大きく伸びることになりますよね。

 「そうですね。7年半くらい在籍しましたが、20回くらい新規事業や組織立ち上げをやりました。例えばグリーの広告宣伝の初代責任者を務め、最初はネット広告のアフィリエイト広告を月数十万円くらい出稿することから、最終的に月数十億円くらい使うようなテレビCMの全国放映や渋谷の駅前ジャックなどを実施しました。それを1年くらいで一通り経験しましたから激動でした」

 グリーの事業に大きく貢献されてストックオプションを得て、エンジェル投資の原資にされたのですね。

 「はい。当時は責任者候補として期待されていたと思いますので、会社から付与されたストックオプションが、社員としては比較的多い方でしたし、会社が想像を超えて成長して上場後に6000億円以上の時価総額になったのも運が良かったです」

 iモード黎明期のサイバードとSNS黎明期のグリー、2社ご経験されたことはどう生きていらっしゃいますか?

 「サイバードは80人の時に入社し、最大数百人くらい。グリーは20人の時に入社し最大2500人くらいになっていました。その間に事業上、組織上での課題や解決方法など、拡大の成長痛と対策をかなりの数体感したことやその時の観察力が、スタートアップへのエンジェル投資に生きていると思います」

 「この若者たちを手伝いたい」

 そして、グリーを退職後にエンジェル投資に入っていかれることになります。

 「実は最初不動産投資をやって楽して暮らそうと思っていました。僕に不動産投資を教えてくれた人が、マネーフォワードの辻庸介さん(2017年マザーズ上場)だったんですけど、偶然の縁で知り合って仲良くなりました。僕がスタートアップの事業のブレストに付き合う代わりに、彼に不動産投資を教えてもらうという関係でした」

 なるほど。あまりエンジェル投資とは関係がないところからスタートだったのですね。

 「辻さんはとにかく人たらしですごく魅力的な人です。ですから僕が過去の同僚や友人を紹介したらみんなマネーフォワードに入社したんですね。それで辻さんに感謝されて、“三木さんにすごくお世話になったから出資しませんか?”とお声がけ頂いたのですが、僕は当時不動産投資で頭がいっぱいだったのでその場ですぐに断りました。今思うと、あれは本当に大失敗でしたね。なぜならその後マネーフォワードは上場して1000億円の時価総額の会社になります。もしあの時に出資していたら…、どんなに大きいリターンがあったでしょうか、無念です。“エア投資”と言って胸を慰めています」

 それはもったいないですね…。

 「結局ローンが下りなくて不動産投資もできなかったので、失意のどん底でした。そのような時に、たまたま自分の知り合いが紹介してくれたのが、いまや日本を代表するシードVC(ベンチャーキャピタル)のイーストベンチャーズ松山太河さん、衛藤バタラさんでした。そこですごく意気投合してファンドに出資することにしました」

 なるほど、直接スタートアップ単体に投資をしたのではなく、まずはVCのファンドに出資したのですね。

 「そうです。当時はまだ1回も投資とかしたことないのに、いきなり家一軒分くらいの金額を勢いで出資しました」

 ファンド出資した後にはどのようにスタートアップと付き合っていったのですか?

 「イーストベンチャーズが提供しているシェアオフィスが六本木にあるから、ということで見に行ったんです。ちょうどその時にメルカリ創業時の山田進太郎さんとかがイーストベンチャーズの出資先として入ってたんですよね。そのビルは、僕がグリー初期に当時寝袋持って毎日仕事していた隣のビルで、同じ寝袋を持った若者が一心不乱に働いていました。当時の気持ちを思い出しちゃって、“この若者たちを手伝いたい”って思いました。最初はイーストベンチャーズのオフィスに入ってる若い人たちにひたすら声かけるおじさんというところからスタートです。そうして千本ノックをやっているうちに向こうから声かけられる回数も増えてきて、自分でも手伝えるなってことが確信に代わりました。そのうちイーストベンチャーズの出資先に自分も出資したりしました」

 なるほど!出資先の人達が集まっているビルで、無償でハンズオン(支援)を開始したら、思いのほかスタートアップに喜ばれ、エンジェル投資を本格化したのですね。

 「そういうことです。最初はタスク管理のやり方とかから教えました。面白いのは、サイバードやグリーでは当たり前だった仕組みが、若手の会社は知らないんです。若手だけじゃなくて、スタートアップを経験した事のないシニア層も分からないことが多かったです。様々な相談で知り合った人が、その後転職のタイミングでも相談されるようになり、そういう人を別のスタートアップに紹介したりとかもしました。VCの人たちも昔からつながっている人が多くて、グリー時代から情報交換していたグロービスの高宮慎一さんや今野穣さんなど、今や日本有数のベンチャーキャピタリストにも投資先の相談に乗ってもらえました」

 八面六臂の支援ですね!そこまでできるエンジェルは多いのでしょうか?

 「実はエンジェル投資をはじめてわかったのですが、実務レベルまで時間を割いて細かく見てくれるエンジェルはさすがになかなかいないんですよね。スキルという以上に、創業社長としてエンジェル投資をやっている人は忙しいから時間をそこまでかけられない。ですから、“一回り上のおっさんが、たまたま使えるじゃん!”ってなったんでしょうね。実は僕自身もそれを求めていて、同時並行でたくさん、日本を代表するグリーのようなスタートアップを作りたい!と考えています」

 後続の人の役に立つために

 ここからは未来の話を教えてください。三木さんはどんなキャリアを考えていらっしゃいますか?

 「エンジェル投資は少なくともまだ最低10年くらいはやりたいと思っています。なぜなら僕が社会の役に立てるのは、スタートアップ支援ぐらいしかないなと思っているからです。長年やっていると年間400~500件ほど相談を受けるようになり、色々なケースの相談を受けているとさらに引き出しが増えるので、そのさらに増えた引き出しを体系化して、各社向けに合わせて提供するということを専業でやっています。一方、自分も成長しないといけない。エンジェル投資はあくまで支援なので、やがて成功したスタートアップ創業者のほうが大きくなっていってしまうものです。ですから、独自のチャレンジとして、東南アジアで飲食店経営をやってみたり、京都で旅館やホテル作りに関わってみたり、アートコレクターになってアートコミュニティーに入ってみるなど、社長は1個に集中しなければいけないけど、僕は世界中の色々な領域に顔を出してみる。そしてそこでできた知識や人脈を活用して、出資している創業者の人たちが成功した後でもつながっていければと思っています。その先はもう少し広く世の中のために役に立ちたいと思いますね」

 なぜそう思うのですか?

 「ベンチャー投資の合間に世界中を見て回って視野が広がり、起業家だけではなく、多くの後続の日本人、さらには人類に役に立つようなことをしたいと思うからですね。財団を作って、ビジネスにはならないけれども本当に人の役に立つことを支援したいと思っています。財団は教育や芸術、文化などのテーマが多いですが、どのような領域でやるのかは焦らず中長期的に考えていこうと思っています」

 最後にSankeiBiz読者の方にメッセージをお願いいたします。

 「自分のやりたい事やその時の感情などを常に紙に書き出すことをぜひやってください。上を向き続けて、自分のやりたい事を紙に書き出して具体化しておくことが今の自己実現につながったと思います。世の中の多くの人は自分の目標や感情の具体化が出来てないと思います。書くと結局あいまいにできないから、“書いたけど本当にやりたいことじゃないなとか、これは別に今優先してやるべきことじゃないな”と気が付けます。もう一個メッセージを挙げるならば、“先の世界を見ようとする意識”です。優秀なビジネスマンは今やるべきことだけで終わらず、将来必要となる事など、将来予測ができる人が多いと思います。これからこういう社会になるとか、こういう人がトレンドになるとか。そういうものに自分をどう最適化していくかというのを考えて、逆算でスケジュールを決めて、自分を成長させていますよね。ですから、単純に今勤めている会社で指示された仕事に流されて毎日を終わらせるのではなくて、少なくとも月に1回は自分のやりたいことや感情を振り返る時間を作ることがおすすめです。僕は定期的に会社が終わって家に帰る前にファミレスに立ち寄って、一人でノートに向き合って未来を考えて、考えたことをノートに書き記す時間を作っていました。そうすると必然的にそこに焦点が合うから、何もやっていなかった自分と比べると数年で雲泥の差になると思います。私はこのようなことを地道に積み重ねることでサラリーマンからエンジェル投資家になったのですから、これが最も成功への近道だったと断言できます」

 三木さんありがとうございました。

【プロフィール】小原聖誉(おばら・まさしげ)

株式会社StartPoint代表取締役CEO

1977年生まれ。1999年より、スタートアップのキャリアをスタート。その後モバイルコンテンツコンサル会社を経て2013年35歳で起業。のべ400万人以上に利用されるアプリメディアを提供し、16年4月にKDDIグループmedibaにバイアウト。現在はエンジェル投資家として15社に出資し1社上場。
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ビジネスパーソン大航海時代】は小原聖誉さんが多様な働き方が選択できる「大航海時代」に生きるビジネスパーソンを応援する連載コラムです。更新は原則第3水曜日。アーカイブはこちら