ブランドウォッチング

新駅も開業 虎ノ門ヒルズは街ブランディングの新次元を示せるか

秋月涼佑

 初めて訪れる地方の街は、その土地固有の印象でいつも新鮮に感じます。一点いつも不思議だと思うのは、一般に人口密度が低いと言われる地域でも、仕事で訪れるような市街地ともなれば、東京とあまり変わらない密度で建物が建ち人が住み働いているように見受けられることです。城下町以来のヒューマンスケール志向というのでしょうか、日本は土地がないから生活空間が狭いとよく解説されますが、むしろ日本人ならでは適度な密集度での都市生活にこそ心地良さを感じているのではないでしょうか。

新虎通りから見る虎ノ門ヒルズ
6月6日開業した日比谷線「虎ノ門ヒルズ」駅
駅にはポスターも
早速賑わう虎ノ門横丁
BRT等が発着する予定のバスターミナル
歩道が広い新虎通りだが開発はこれから
新橋烏森(からすもり)の飲み屋街にもほど近い
新虎通り沿いにはタミヤ模型直営の模型店も
故丹下健三氏の都市軸沿いに立地する「新虎通り」 (丹下都市建築設計HPより)

 それにしても、国連の都市化率の定義によれば90%以上が広義の都市部に住むとされる日本人です。「ぽつんと一軒家」という番組が成立するのも、逆に言えば大多数の人が都市生活を選択しているからに違いありません。

 元祖“ヒルズ族”から17年

 そんな都市生活者の国日本でも、首都東京ど真ん中での超大規模再開発ともなればやはり注目度は別格です。2003年開業の「六本木ヒルズ」から17年の時を経て森ビルが満を持して再開発に取り組む「虎ノ門ヒルズ」の全貌が現れつつあります。2013年にすでに開業していた森タワーに続いて今年1月にはビジネスタワー、そしてこの6月6日には東京メトロ「虎ノ門ヒルズ駅」が開業したのです。

 六本木ヒルズは、職住近接のライフスタイルを超都心で提案し、IT長者も多く住むなどして一時代を築きました。屋上にヘリコプターポートを備え、ハイブランドのブティックやグローバルブランドの高級ホテルなどを擁し、世界のどの都市にも伍していこうと言う時代の空気感をまとっていました。デフレの時代を邁進する日本の中ではある種異彩を放っており、それをいとわない気概と、エネルギーをもった人々のステータスとなりました。

 それから17年の月日がたち、六本木と比べても歴史も文化の蓄積も負けずとも劣らない虎ノ門の再開発がいよいよ佳境となっているのです。

 「虎ノ門」は、江戸城外堀に実在した城門「虎ノ門」に由来するそうです。江戸時代は近接する愛宕山が江戸のランドマークで徳川将軍家にまつわる逸話にも事欠きません。現代になってもアメリカ大使館やホテルオークラもほど近く、都心中の都心であることに、異論はないはずです。でも今回の再開発までは、古くからの市街地だった分、小規模なオフィス、素朴な商店、住居が点在していて、都心にしてお世辞にも近代的な街という感じはありませんでした。

 経済的価値の大きい「街のブランディング」

 考えてみれば、街のブランディングほど経済的価値が大きいものも他にそうはないかもしれません。

 「ブランドは利益である」という考え方があります。ブランディングが成功し自他ともに価値を認められた商品やサービスは無名の同等品よりも高く売れる分高い利益を得られるという、ブランディングの価値構造を表した言葉です。

 街をブランディングの視点で見てみると、東京の都心ひとつとっても利便性や機能だけでは測れない、歴史や文化など複合的な印象や記憶の積み重ねでそれぞれの街には驚くほど大きなブランド価値の差が生じています。地価や賃料として流通する街のブランドの価値の差は高級ブランド品のそれをはるかに上回るに違いありません。

 一方で街のブランディングは歴史的にはあくまで自然発生的なものが多かったように思います。「ローマは一日にして成らず」。とても一朝一夕に成立するものではありませんし、富豪でさえ一つの街を丸ごと価値化させることは並大抵ではなかったからです。

 でも近年、民間のデベロッパーが大規模な資本や技術を蓄積し、新しい街の開発を丸ごと担う事例が出てきました。となれば意識的に街のブランディングに取り組むことは、経済合理性からも住民やテナント、事業協力者の満足の視点からもむしろ必須の取り組みに違いありません。

 実際に虎ノ門ヒルズを歩いてみると

 そんな注目の超大規模再開発のブランディングがどんな方向性を示すのか、興味津々に現地を歩き回ってみると、時代の変化もあり六本木ヒルズのひたすらな上昇指向、高級指向、グローバル指向からちょっと目線を下げた開発意図も見え隠れしていて好感がもてます。

 まず、何と言ってもトピックスは交通アクセスの面です。東京メトロ日比谷線の虎ノ門と神谷町の間に「虎ノ門ヒルズ」という新駅をつくってしまったのですから意気込みが分かります。そして何より注目すべきはこの地下鉄とBRT(バス・ラピッド・トランジット)を結ぶ「交通結節機能」としてのバスターミナルが虎ノ門ヒルズビジネスタワー1Fに設置されたことです。

 少子高齢化の中でも東京だけは当面人口増が続く見込みですが、遠からずそんな時代も終わりを告げる見込みです。ましてくしくもアフターコロナの時代を意識せざるを得ない今、ベッドタウンから都心へやみくもに鉄道で大量輸送という高度成長期の発想から決別し、投じる資金の面でも環境負荷や高齢化時代に適したフラットアクセスの面からも、バスでの動線を積極的に取り込む発想は逆に先進的だと感じます。

 そして、これまた意外な施設が先述の新築虎ノ門ヒルズビジネスタワー3Fの「虎ノ門横丁」です。立飲みあり、カウンターありの比較的リーズナブルな26店舗の飲食店が、画一的でどこかよそよそしくなりがちな再開発ビルのつまらなさから一線を画し、すでに数十年使い込んだかのような良い意味でのカジュアルさを演出していて早速大いに賑わっています。

 「新虎通り」は日本のシャンゼリゼ

 もうひとつ注目すべきは、虎ノ門ヒルズが環状2号線の真上に立地していることです。環状2号線はオリンピック会場の有明と虎ノ門を経由し千代田区神田佐久間町を結ぶ道路で、かつて「マッカーサー通り」と呼ばれ密集地を通るがゆえ戦後長年未開通だった基幹道路です。そして実はこの環状2号線、旧都庁も新都庁も設計した建築家にして東京の都市計画のマスタープランナーとも呼べる故丹下健三氏の描いた都市軸のまさに真ん中に位置する、今後東京の背骨となるような象徴的な道路なのです。

 東京都は地下を走る環状2号線の地上部の虎ノ門ヒルズから新橋駅に至る道を「新虎通り」と名付けて、パリのシャンゼリゼ通りにも負けぬ通りにするとの構想をもっています。

 現時点での「新虎通り」は、隣の家屋とくっついていた家の壁が再開発で急に大通りに面して驚いたような様子で、シャンゼリゼの気配はまったくありませんが、そこはこの界隈そぞろ歩きをしてちょっと横道にそれれば、老舗の料理屋もあれば和菓子屋もあり、ちょっと歩けば、賑やかな新橋の飲み屋街というのも素敵です。確かに、世界に誇れるような楽しい街になるポテンシャルをもっていると感じます。

 かつて都心の大規模再開発と言えば、ともするとひたすらに高級、ステータス志向のステレオタイプだったかもしれません。もちろん超都心の一等地、虎ノ門ヒルズとて一角のレジデンスの坪単価1000万円超えという現実はあるのですが、願わくばそんな価値観を超える街のブランディングを提示して欲しいと期待します。

 リモートワークが当たり前になり、バスや自転車で週数回オフィスにくる在勤者が、街中でも打ち合わせや仕事をこなし、アフターファイブにはリーズナブルにスタンディングで一杯飲んで帰る街。地価のヒエラルキーを追求するのではなく、多様な働き方や人種年齢をオープンに受け入れる街となって、都市生活好き日本人の多くに良きインスピレーションを与えて欲しいと思います。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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