ローカリゼーションマップ

どんなビジネスにも異文化理解は欠かせない 連載400回を迎え改めて語る

安西洋之

 この連載は文化とビジネスをテーマに2012年春からスタートした。今回で400回目になる。そこで、これまでの経緯を少々振りかえり、今の心境を語っておきたい。

 2000年半ば、アイルランドにある電子機器のユーザーインターフェースを専門とする会社のコンサルタントとして、日本の自動車やカーナビの会社とお付き合いするようになった。そこで日本の大企業、特に商品企画やクリエイティブ部門で見られる異文化理解そのものへの無関心が、グローバル市場でビジネスをするうえで足を引っ張っていることに気づいた。

 ローカリゼーションすべきか、あるいはすべきではないか、この判断基準を殆ど持ち合わせていないことが分かったのだ。根底には、違った文化は違った感覚や思考に依っている事実に思い至っていないとの現実があった。たとえ都市や交通のシステムが文化圏によって異なることを知っていても、それがどんな差異を人にもたらすのかを分かろうとしていなかったのだ。

 差異の背景が分からないとユーザーインターフェースにどう反映していけば良いか不明である。だから逆にユニバーサルであるべき仕様に、意図せず日本文化の要素を入れてしまうとの失敗を繰り返すのだった。異文化に理解が欠けるとは、同時に日本文化に無自覚であることも意味する。

 それで各社とのミーティングで色々と話しプロジェクトも行うのだが、どうも根本のところで、彼らの行動の変化に結びつくような気がしない。執筆や講演を自らとりかかろうと決意したのは、こういういきさつからである。

 このテーマで2008年『ヨーロッパの目 日本の目』、2011年『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?』と2冊の本を書いた。後者の本を出版した後、引き続きこの問題を追求していく目的で、この連載をスタートした。それが2012年春だったのだ。

 その当時、日本で文化といった場合、極めて狭い範囲を指していることが多いとぼくは感じていた。文芸あるいは美術や音楽、すなわち「文化人」と称する人たちが、アウトプットでお金を稼ぐ領域が文化である、と。それでビジネスが絡むのであれば、このフィールドに対する協賛金の拠出というのが大方のイメージだ。

 もちろん、「草の根文化交流」となれば対象は異文化となり、言葉から生活習慣に至るまで文化との認識はある。しかしながら文化の一言だけだと、不思議なことに狭くとらえがちなのである。あるいは電子機器のユーザーインターフェースと文化の間に距離をもってしまう。

 このあたりのギャップが、ユーザーインターフェースのデザインに関わる人たちの頭のなかに敷居をつくっているのだろう。いずれにせよ、彼らは文化の当事者でありながら、これを客観的に相手にするのは苦手なのだと認識した。

 話はここからレベルが変わる。

 その後、日本は政府のクールジャパン政策やインバウンド促進などから、「日本の」文化を意識する人たちが増えてくる。実のところ、1970年代以降、「経済から文化へ」の軌道変更(あるいは追加)の議論は何度かあるが、その都度に「日本の」文化のパワーとその有効活用が論じられてきた。

 伝統という言葉のあとに、有無を言わさず「正しいもの」「日本の本当の精神に触れる」と続く表現に、ぼくは疑いの目をもっている。 

 ぼくは、この流れのなかで「日本の」文化に付かず離れずの関係を続けた。例えば、「ナンチャッテ寿司」は正統的和食の後押しをすると意見を述べてきた。外国人がつくる寿司を上から目線で語り、東京のイタリア料理がイタリアより美味いなどと評する無邪気さに気がつくべきだ、と。

 この連載にローカリゼーションマップとタイトルをつけているように、もともとローカルのコンテクストへの関心が強い。 

 ぼくはイタリアに長く住んできたため、日本で「欧米の文化や動向」と称する中身がその地域の極めて一部の現象に対する解釈の結果であり、更に言ってみれば英米文化の一部の幻想モデルであるのがはっきりと見えることがある。

 イタリアは欧州文化のヘソでありながら、現代のビジネスコンテクストではメインストリームではないからこそ見える風景があるのだ。そういうところから、最近ではローカル文化が色濃く出るラグジュアリー領域における新しい意味とは何かを見ている。

 そうすると、これまたフランスが上手く演出したラグジュアリービジネスが、ラグジュアリーのすべてであるとの誤解を生んでいる。英国にあるホスピタリティ、スイスの時計、イタリアにあるゼロからラグジュアリービジネスを起こすノウハウ、これらがあまり視野に入っていない。

 ぼくが十数年前に電子機器で経験した、ビジネスパーソンの文化に対する鈍感さが相変わらず「発揮」されている。

 編集部に許されるのなら、まだまだ語り続けたい。この文化とビジネスのテーマは範囲が広く、多数の要素が複雑に絡み合っていて、「それ風」と「それ」の区別がとても難しいのだ。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。