この秋から息子がミラノ市内の大学に通い始めた(といっても、このご時世、オンライン授業の方が多いのだが)。ミラノで生まれ育った彼は、欧州のなかで働いていきたいと思っている。18歳に成人となって自ら動いてイタリア国籍を取得したのも、そういう希望と絡んでいたようだ。イタリア国籍があればEU内、どこでも自由に住み働けることができる。
高校生の時、社会貢献活動やスタートアップの人たちが集まるコワーキングスペースにインターンに2年間ほど行かせた。この領域の人たちのものの考えや行動パターンに馴染ませておくのは、これからの社会を生きるにあたり大切な「教養」になるだろうと思ったのだ。
夏休み中は、日本でのぼくの講演やミーティングに息子を同伴させた。そうして、大人たちの間でどういう議論が交わされているかを「門前の小僧」として知ることになった。
一方、数年前からどういうわけか写真撮影するのが好きになった。一眼レフカメラを抱えて、しょっちゅう街中を撮り歩いている。特にデモ行進やイベントのシーンを好む。その撮影や画像処理スキルを活かしたいと思ったのか、昨年、セーブ・ザ・チルドレンが募集していたボランティアに応募した。
そこで採用された彼は、アーティスト、科学者、官僚、市民活動家など多様な人にインタビューした記事を写真と共に財団のメディアに掲載している。毎週一度、イタリア全土に散らばるセーブ・ザ・チルドレンの高校生から大学生までのボランティア仲間とビデオミーティングをしている。取材や掲載のスケジュールを話し合っているようだ。
そういう経験を積んで自信ももってきた息子が、この夏、大学に行かずに写真と文章で食っていきたいと言い始めた。さて、どうアドバイスするか? ということを夫婦で話合い、ぼくもあれやこれやと考えることになった。
大学の意義がさまざまに問われている。しかもパンデミックでキャンパスライフには多くの制限がかかっている。他方、何をやりたいか分からないという同世代の子が多いなかで、少なくても現在、やりたいことがあるのは悪くない。
だが、写真ジャーナリズムの世界で生きるには、大学レベルのある程度の幅広い学びが基盤になるのは、そこを脇でみているぼくには実感できる。イタリアの高校の教科書をみていると、日本の大学の教養課程レベルまではカバーしているとは思うが、欧州で仕事をしていくならば欧州のレベルでの学びが必要だ。それに、だいたいイベントも大幅減のこのタイミングで、息子がこの業界に参入していくのが現実的な方策として適当かとの疑問は当然ある(要するに、仕事があるのか?)。
ごちゃごちゃ言わず、とりあえず働きたいときに働き、仕事をしていくうちに大学での学びが欲しいと思った時点で学ぶ、という選択肢もある。しかし、これは学ぶための強い意思がないと、そのまま「まあ、いいか」と日々の生活に流されることになりかねない。
息子は適切な方向転換ができるタイプだろうか。
そう期待したいが、どのようなタイプであっても、人間というのは弱いものだ。ということで我々が親として提案したのは、まず大学に入学だけはしておき、仕事の状況によって休学して仕事に専念するという道だった。今、息子は大学に行きながら、写真エージェントなどに送りまくるポートフォリオを作成中だ。
ぼく自身、大学を卒業して日本の大企業に勤めた。そして20代のうちに方向転換するに(会社を辞め欧州で生活をはじめるに)、そうとう手間取った。もちろん、向かうべき方向の探索や試行錯誤のプロセス自体、その後の自分の糧となった。その過程で、さまざまな方に知り合い、さまざまなアドバイスを受けたのだ。
そして、ぼくがトリノで最初に世話になったオフィスは、実業家である社長が自分の子供たちに社会や仕事を教えるための場だった。社長は「学校教育が終わった段階で子どもの教育は終わりと思っていたのだが、ある神父から子どもに職業人生のなんたるかを教えるのも親のつとめと言われたんだ」と語っていて、彼の子どもたちの中にぼくを仲間入りさせてくれたわけだ。
言うまでもないが、ぼくがトリノで学んだことは大きい。
このような経験のうえで今のぼくがあるので、息子が30歳近くになるまで、子育ては終わらないと考えている。手取り足取り何かを教えるのではなく、遠くから眺めながら、適切なタイミングでおおきなものの見方を示唆したり、彼が会うべき人のところに「なんとなく」連れていったりする、といったことだ。
そのためにも、即ち、子どもを育てていくために、親自身が学びをやめてはいけないと切に思っている。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。