ローカリゼーションマップ

デザイン文化の文脈で再評価 イタリアの「プロジェクト文化」とは

安西洋之

 イタリアに「プロジェクト(イタリア語でプロジェット)文化」と称するものがある。前世紀の半ばから後半にかけて頻繁に使われた言葉だ。

 プロジェクトの語源はラテン語の「前に投げる」である。未来に向けて何かをすることを意味する。具体的に言えば、何かアイデアをもって企画し、それを実行に移す一連の行為を指す。

 伝統的にイタリアのプロジェクト文化は建築設計・施工に由来するもので、特にアカデミックな学びを必要とするものではなかった。 

 つまりプロジェクト文化が栄えたというのは、建築家が主導して企画・実践するプロジェクトに注目すべきものが多かったということになる。あるいは建築家でなくても、建築家のような思考・行動様式をとり何らかの成果を出そうとするパターンが目立ったのだ。

 それでは、その思考や行動様式とは何か。ファンタジアとも表現できるアイデアを抱え、どのような苦境に陥ろうとも何らかの実践的な突破口をみつけ、結果にたどり着く。途中のどうしようもない隘路を潜り抜けるにクリエイティブな策が編み出される。

 「それ、起業家精神の話じゃない!」と言われるかもしれない。半ば、そうだ。企業人の能力の発揮と表現してもおかしくない。ただ、このプロジェクト文化は20世紀後半のイタリアデザイン黄金時代の空気と紐づくことが多い。

 第二次世界大戦後、ミラノ周辺の起業家と建築家が家具や雑貨のデザイン分野に挑戦的に乗り出したことが契機になる。このコラボレーションが大成功したのだ。だから、これを起業家精神と呼ぶと建築家はやや不満に思うだろう。

 それに、建築家たちには独特の視点があった。モノ、空間、人、これらの3つの要素が常に視野にあって家具、照明、雑貨をデザインした。ユーザーと量産の間にたつコーディネーターとしてのプロダクトデザイナーだけでなく、使う人にもっと近寄った視点を持ち続けるライフデザイナーであったと自認していた。

 実際、デザイナーと呼ばれるのではなく、イタリア語でプロジェッティスタ(プロジェクトを実践する人)と呼ばれることが多かった。あるいは、建築家だ。ただ、記憶が正しければ、トリノを中心とした20世紀後半のカーデザイナーはスタイリスト(イタリア語でスティリスタ)が一般的であったように思う。

 ぼくの個人的想像であるが、クルマのデザインはワンオフでもない限り、1人の人間がやることやできることが限られており、1人の着想が完成品まで貫通しづらいからプロジェッティスタにはなりにくい事情があったかもしれない。

 今世紀に入ってもイタリアでプロジェクトという言葉は多用されるが、プロジェッティスタやプロジェクト文化という表現は比較的低調になった。デザイナーという英語の職能がそのまま使われ、起業家精神とも密接な関係を示唆することが少なくなった。

 他方、世界的にデザインの対象が有形なものからコンピューターのインターフェースやサービスなど無形のものに広がる。この10数年間、ビジネスの世界で普及してきた「デザイン思考」は、非デザイナーがデザイナーの思考様式を使えるようにした一種のツールといえるが、この体系化をしたのはシリコンバレーの人たちだ。建築家ではなく、エンジニアの思想が基盤にある。

 結果、デザインという言葉はグローバルに広がり、その適用範囲も広がったが、同時にデザインとは何か? の解釈も多義的にならざるをえなくなった。その多義的状況のなかで、人間が、あるいは人間性がどう扱われているかが、数ある解釈を選ぶ際の大切な判断の指標として再認識されている。

 こうした推移で、この数年、顧みられることが少なくなっていたプロジェクト文化をデザイン文化の文脈で再評価しようとの声がじょじょに強くなっている。言うまでもないが、イタリアにおいて顕著な傾向だ。ぼく自身も、その重要性を実感している。

 その時、かつて続々と輩出したデザインの巨匠たちの作品や文章を辿り、彼らの思考や精神の襞にリアル感もって触れたいと思う。今、あらためて本を読み返して、彼らがあまりに全てを見て語っていたことに気づく。古典に接した時に味わう、「あの感じ」だ。

 場合によっては、直接お会いして話をお伺いしたいと思うこともある。しかし、残念ながら、お会いできる人がとても少なくなった。高齢で身内の限られた人としか会わないか、この世に既にいない。

 マンリオ・アルメリーニ氏が先月亡くなった(「マンリオ・アルメリーニ氏逝去」(Salone del Mobile.Milano))。83歳だった。戦後、国内需要を満たすために急成長したイタリア家具業界が1960年代以降、国際化するにあたりはじまった見本市がミラノサローネである。彼はこの見本市の開催と拡大に尽力し、イタリアデザインを世界的に存在感あるものにした人だ。

 プロジェクト文化の意義を世界に問うた人だったと言えるだろう。

 何ごとも時代は巡り、一度評価されたことは、ある時間をおいて再評価されることが多い。ただ、再評価を受けはじめたとき、一回目の主人公はもうここにいない(ことが多い)。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。