ローカリゼーションマップ

ローカル文化を反映していた洗濯機 パナソニック「白物家電」の今

安西洋之

 今年、グローバリゼーション終焉論を目にすることが多かった。これまでもグローバリゼーションの無理はさまざまに批判されてきた。しかし、パンデミックにより長いサプライチェーンが機能しなくなった。インバウンド需要はどこも期待できない。これらの事態に直面し、グローバリゼーションの良し悪しを越え、人はローカルでそれぞれに生きていくしかないとの覚悟が芽生えてきた感がある。

パルセーター式洗濯機
ドラム式洗濯機

 ただし、ローカルを見直す機会が増加したからといって、閉鎖的な見方が肯定されるようになったというわけでもない。インターネットの普及により実現した「世界に繋がる」とのコンセプトは相変わらず支持を受けている。要は日々の生活空間に軸足をおいて考えることが強調されながらも、遠い距離にいる人たちとも交流を図り、可能な限り閉じない姿勢を保とうとしている。

 この10年以上、本連載のタイトルにもある「ローカリゼーションマップ」とのプロジェクトでローカルコンテクスト(特にその日常生活)の変化を追ってきたぼくとしては、大河の流れが変わったとしか言いようがない変遷を実感している。

 そこで、およそ10年前に書いた本『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?』で紹介したパナソニックの白物家電は、その後、どうなのだろうとふと気になった。当時、同社で欧州の白物家電のマーケティングを担当していた斉藤哲志さんに取材し、地域性の高い白物家電のなかでも、特に洗濯機はローカル文化を深く反映している機能製品であることを教えてもらった。

 数年前、斉藤さんは欧州から南米に担当が変更になりブラジルに異動した。そして、今春からは日本に戻った。多くの日系白物家電が海外市場から身を引いた今、斉藤さんは日常世界に密着する洗濯機の世界事情を語れる数少ない1人だ。

 ここで整理しておこう。世界には三つの方式の洗濯機がある。日本は底の羽根による「パルセーター式」である。水量は多く洗浄力は高いが生地は傷みやすい。米国はかくはん翼が動く「アジテーター式」は、水量は多く洗浄力は弱い。ただ生地はからみにくい。欧州はたたき洗いする「ドラム式」で、水量少なく洗浄力は弱いが、生地は傷みにくい。

 興味深いのは、これらの3つの方式が、それぞれの地域で生活する人たちが手で洗濯していた時代の自然条件(水が軟質か硬質かなど)や習慣を踏まえて発展したということだ。日本であれば、軟水の水の勢いを利用して短時間に洗濯する文化がパルセーター式を生み出した。

 斉藤さんによれば、トレンドとすれば、この3つの方式の普及が徐々に地域を越えているという。正確に言えば、ドラム式が日本にも普及しつつある。また、これまでアジテーター式が主流であった北米・南米にパルセーター式やドラム式が、他方、パルセーター式のシェアが高かったアジア諸国にもドラム式が浸透してきている。中国でも2000年代はドラム式が15%程度であったのが今は50%程度まで普及している。これは中国人の欧州への憧れが絡んでいそうだ。

 これらの変化の理由として、一つには使用する水量が多いタイプは環境問題の観点から歓迎されないとの潮流がある。特に市場のドラム容量増大という要求と水資源負担減との2つの要素のバランスが問われるなかで、アジア諸国ではパルセーター式が劣勢になっている。

 ただ、ドラム式には別のエネルギー問題がある。斉藤さんは、次のように語る。

「ドラム洗は温水で少しの水で洗うのが前提で設計されています。ドラムは、もともと60度(最近はエコトレンドで40度がデフォルトに)で洗うので、水道の給水を60度まで上げるにはかなりの電気を使用します。また、マックスで90度です。熱湯に耐える材料や構造の安全性の要求度も高くなります。こうした面がドラム洗を高額にしています」

 この結果、一方的にドラム式が市場の多数を占めるには至っていないようだ。

 洗濯機の機能は世界で一律に優劣を比較する基準がない。洗浄力からして、どこまで清潔にするか、どこまで生地の傷みを許容するかを勘案するだけでなく、そもそも大人の場合、子どものように泥んこになって遊ぶわけではない。多くの場合は汗による汚れであり、洗浄力の威力がどこまで必要かとの判断も「清潔に関する先入観」に左右される要素が大きい。だが、ここに微妙な変化がでてきている。

 斉藤さんは「パンデミックの影響で外出が減り、同時に汚れや汗のための洗濯回数も減っています。しかし、菌・ウィルスに対して清潔でいたいとの価値観が急速に強くなっています。そのために外から帰ってきたら軽く洗う、という生活習慣も急速に増えているようです。外が汚く汚染されている感覚を持っていた中国では強かった価値観ですが、最近は世界中でそんな声を聴くようになりました」と話す。

 「抗菌」という概念がまったく通じなかった欧州でも、今やその言葉の意味を説明する必要はないと言う。

 こうしてみると、ローカル回帰とでもいうべき今、だからといって各地域の洗濯文化に基づいた洗濯機を使うべきという声が強くなっているわけでもない。どちらかといえば、要求の種類は似通ってきているとも見える。

 グローバリゼーションとローカリゼーションの綱引きの結果は、実のところ機能や要望など各要素の点取り競争の様相をみせるのではなく、お互いが捩じりあいながらある一定の年数を経て、オセロゲームのように突如として浮上するところがある。戦略としては比較的大雑把な幅で推進するしかない。

 斉藤さんの話を聞きながら、ぼんやりとそんなことを思った。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。