ブランドウォッチング

徳川ゆかりの地、5路線にアクセス 「東京ドーム」が東京の未来になる日

秋月涼佑

 三井不動産による株式会社東京ドームに対するTBO発表は水面下ではそれなりの準備もあったに違いありませんが、世間的には驚きをもって受け取られたような気がします。(三井不動産が東京ドームTOB 1千億円超か、友好買収に

 後楽園球場の時代から「巨人、大鵬、玉子焼き」と日本人の大好きなプロ野球読売巨人軍の本拠地であり、筆者のような洋楽ファンにとってはザ・ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニー、デヴィッド・ボウイと大物アーティスト伝説的ライブの会場。なぜか今までもこれからも同じ姿でそこにあるような気がしていました。

 すでに三井不動産社長も会見で表明していますが、国内最大手のデベロッパーの意図としては、東京ドーム建て替えを含む再開発を視野に入れたものとのことです。

東京の中心に5路線接続、4万坪の立地

 あらためて東京ドームの立地を見てみると、山手線エリアのちょうど真ん中“おへそ”のような場所にあることに気が付きます。そんな地理的な理由もあり、JR総武線、都営三田線「水道橋」駅、東京メトロ丸ノ内線、南北線、都営大江戸線「後楽園」駅に囲まれるように鉄道5路線接続しています。

 これだけの路線が交差していればさぞターミナルとして大きな機能を果たしているだろうと思えば、真ん中に東京ドームという巨大構造物があることや、一帯が「都市計画公園」に指定されている関係もあるのでしょう、それぞれの路線の乗り換えは意外と不便で、お世辞にも機能的でなく、逆に言えば、そこが開発余地に違いありません。

 

 約4万坪という広さの中に、東京ドームだけでなく、商業施設ラクーアや東京ドームホテル、数々のレジャー施設や飲食店、ホールで構成される東京ドームシティというかたちで例年ならば3500万人以上の集客があることを考えれば、現時点でもまさに“タウン”を超えた“シティ”と呼ぶに相応しい威容とも言えます。とは言え、実際に訪れると老朽化した施設も混在していてツギハギで増築してきた施設としての一体感のなさや、何より東京ドームという広大な面積を突っ切れない動線の悪さが致命的で、商業施設としてもそのポテンシャルを生かし切れていないように感じます。

 考えてみれば、それもこれも都心の一等立地、しかも「読売巨人軍」という優良コンテンツの本拠、ちなみに福岡ソフトバンクホークスは「西日本最大のコンテンツ」とアピールしていますが、ジャイアンツの場合人気は東日本にとどまりません。その恩恵は大きく一例をあげれば、東京ドームの広告看板は空きが出にくいことで有名で、出れば右から左に売れるほどの人気メディアだったりします。逆に言えば、そんな恵まれ過ぎた環境が、少し緩めの現状を作ってきたと言えるかもしれません。

水戸徳川家上屋敷ゆかりの地位(ちぐらい)

 そんな都心のど真ん中に残された、ちょっと不思議な空間を運営する株式会社東京ドームを、数々の大規模再開発の実績がある三井不動産が買収しようというわけですから、専門家ならずとも都市居住志向の生活者界隈がザワザワすることは当然です。

 さらにもう一点東京ドームシティ立地の特徴は、西に都立公園として開放されている国指定特別史跡・特別名勝「小石川後楽園」と隣接していることです。この一帯はかつての「水戸徳川藩上屋敷」が立地していた由緒ある土地なのです。土地の由来や来歴や、現在の利用状況、評判を勘案した「地位(ちぐらい)」という考え方が、不動産の世界に穏然とありますが、「地位」で言えば江戸以来の大名上屋敷<まして徳川家ゆかりとなればそれはもう誰も文句がないに違いありません。

 本連載では、都市や街のブランディングこそが、生活者に一番身近なブランディングであり、時にプライドとなり、時にアイデンティーとなることからも特に注目してきました。今回、タワーマンションをはじめとする大規模集合住宅供給のレジデンス領域に強い三井不動産の再開発含みです、否が応でも「都市居住」の提案という側面での期待が高まってしまうのです。

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東京の南北問題解決の起爆剤になるか

 都市ブランディングの視点で見ると、興味深いのは東京ドームが「文京区」に所在することです。というのが、まさに東京にあると言われる南北問題、つまり山手線内側JR総武線・中央線の上の南半分と北半分で大規模再開発のしやすさがまったく違うと言われている問題の象徴的なエリアが「文京区」だからです。

 気が付けば東京の街並みも超高層ビルが随分立ち上がりましたが、港区、渋谷区、品川区、中央区、江東区の湾岸地域などが中心で、文京区は江戸以来の街並みが再開発を難しくしている事情もありますが、やはり閑静で昔ながらの街を愛する住民の方々の抵抗感が大きいのかなと感じてしまいます。

 新型コロナウイルス流行で奇しくもリモートワークが普及し、地方居住の可能性なども取りざたされていますし、現実的なコストの低さを含めたライフスタイルの選択肢が増えることを素晴らしいことと考えます。でも、どんな時代になっても人も情報も集まる都市居住に魅力を感じる層は一定数いるように感じます。そして、そんな都市居住のニーズの受け皿がタワマンに代表される大規模集合住宅の供給以外、現実的な解は存在しないに違いありません。一方で、いわゆる「ホットスポット」論、再開発エリアに集中して新しい一部の層が居住し、働くことに対する既存住民の警戒感が、新たなタワマン等供給の障害となっているようなのです。

 東京都心の大規模再開発と言えば、「六本木ヒルズ」などグローバルビジネスエリートをターゲットにしたものが有名ですが、ファミリーターゲットにも定評のある三井不動産であればこそ、ヒエラルキー意識から解放された、開かれた価値観に基づく、東京の未来を示すような都市ブランディングをプレゼンテーションして欲しいものだと思っています。

 また、生活者の活動基盤が「住」にあることは、在宅勤務の中あらためて誰もが実感したところです。アフターコロナの時代、あえて都市生活から離れる人、都市生活に踏みとどまる人、それぞれ生活者の選択と例えば、野球やコンサートなどレジャー・エンターテイメントとの関係。例えば、都市型商業施設との関係-。

 東京ドームシティが新しいブランドをまとう時、再定義されるべきテーマはとても多いように思います。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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