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大阪「都」構想の挫折 都市ブランディング視点から考える (1/3ページ)

秋月涼佑
秋月涼佑

 大阪「都」構想、賛否を問う二度目の住民投票が11月1日に行われ、僅差ではありましたが否決されました。

 筆者は東京在住で有権者ではありませんでしたが、選良として活動する政治家が本気の政策を問うアクションは、結果否決されたとは言え、誠にすがすがしい、うらやましいチャレンジだったと思います。

 それにしても松井一郎大阪市長率いる大阪維新の会は、地元で大きく支持されてきた政党として知られていますので、その渾身の再提議が受け入れられなかったことの衝撃はひとしおです。すでに多くのメディアや識者が政策的、政治的な側面で解説されていますが、あえて本稿ではブランディング視点でその要因の一端を考察してみたいと思います。

国家のキャピタル(首都)は1つしかない

 大阪の人々が決めることとは言え、筆者も人並みに橋下徹当時大阪市長が大阪「都」構想を提言した10年ほど前から事の成り行きに関心をもってきました。むしろ、色々な局面で新進気鋭の若手政治家である橋下氏に期待もし、シンパシーを感じることも多かったのですが、大阪「都」というネーミングだけはどうしても一度も胸落ちしなかったというのが本音です。

 振り返れば、大阪「都」構想が提言された当時の石原慎太郎都知事は、「(都を名乗るならば)それは全然間違い。迷惑千万だ」とし、「国家のキャピタル(首都)は1つしかない」として橋下市長の考えに反対する姿勢を示していました。

 なぜかその後あまりそういう指摘をする人もいなくなってしまったのですが、芥川賞作家、選考委員(当時)という言葉に人一倍のこだわりがある知事としては非常に真っ当な指摘だったように思います。石原氏も決して政策面に文句を言っていたわけではなく、なぜ「都」でなければいけないんだという一点での異議申し立てをしていたように記憶しています。

 天下公党の核心的政策名であれば何らか成立し得る解釈が大阪「都」という呼称にあるのかもしれませんが、やはり多くの生活者が「都」という言葉から何をイメージするかというごく世俗的な判断が重要ではないでしょうか。小学生でさえ「都(みやこ)」は一つの国にいくつあるかな、と聞けば「一つ」と勢いよく答えそうです。

「三都物語」の意味

 以前、JR西日本の有名な広告キャンペーンに「三都物語」というものがありました。古代より都が置かれてきた近畿地方の歴史をふまえ、大阪、京都、奈良の三都を周遊観光しようというキャンペーンでしたが、京都、奈良に文字通り都があった時代が少なからずあったことをふまえた上で、大阪については歴史上いつも栄えていた土地、水の「都」というニュアンスのやや広義の「都(みやこ)」という定義であり、誰も違和感がありませんでした。

 まして大阪にも厳然と難波宮(なにわのみや)という都が置かれた時代があったわけですから、精密なキャンペーン設計だったと思います。(近江大津宮の立場はちょっと気になりますが)。

 そんなキャンペーンが成立したとしても、一時代のある一点においては常に「都(みやこ)」は一か所というのが、日本人の常識的な感覚ではないでしょうか。だからこそ南北朝のような時代を事件と感じるわけでもあります。

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