今日から使えるロジカルシンキング

FBが“Clubhouse”開発 ビジネスは結局、「基本」のマメな見直しに終始する

苅野進

 1月末から日本でも話題になりつつあり、“音声版Twitter”とも評されるSNSの「Clubhouse(クラブハウス)」。このサービスは、アメリカで2020年の2月に創業されたアルファ・エクスプロレーションが提供しているアプリケーションですが、既存ユーザーからの招待制という希少性もあり非常に大きな話題になっています。読者のみなさんの周りでも、ユーザーが出始めたり、「一体なんなの?」という戸惑いの声も聞かれたりという状況でしょうか。

 そんな中、2月10日のニューヨークタイムズに「Facebook Is Said to Be Building a Product to Compete With Clubhouse」という記事が掲載されました。Facebook(FB)社が、Clubhouseの競合となる音声SNSサービスの開発に動き始めたというものです。まさに前回の記事で述べたような、「非常に素早い真似&改善」の戦略です。FB社のヒト・モノ・カネの力と既存サービスとの連携で一気にClubhouseを飲み込むのか? それとも自社サービスではうまくいかずに買収という流れになるのか、みなさんもぜひ注目してください。

競争優位性の「持続」は不可能…ではどう勝ち抜くか

 このように巨大企業が、スタートアップ企業が発表した斬新なアイデアが成功する様子を伺ってから市場に乗り込んでくる―。これは、イギリスのエンジニア、ランチェスターが提唱した「戦闘の法則」においては“強者”がとるとされている「ミート戦略」で、兵力数と武器の性能が戦闘力を決定づけるという法則にのっとったものです。しかし、スイッチコストの低いIT・サービスの分野では、必ずしもそうではありません。小さい後発企業、つまり“弱者”であっても「差別化戦略」により逆転できる可能性が十分にあるのです。

 この流れはアメリカで生まれ、2014年にすでにコロンビア大MBAのマグレイス教授の「競争優位の終焉」という本が注目を集めていました。タイトルそのままでお分かりいただけるように、かつてのような「競争優位性の持続」というのはもはやありえなくなっていて、「持続的に新たな手を打っていかなければならない」という今や誰もが当然だと思っていることが述べられています。

 まさに現在進行形の話なので、状況の説明としてはわかりやすいのですが、その状況の中でどうやって勝ち抜くのか、つまり「どのように新たな優位性を、しかも短期間で打ち出し続けるのか?」について本書はハッとさせられるような示唆を出せてはいません。今の時代において「大企業が資本力を生かして結局勝つ」というのは当てはまらないのです。GAFAの四文字の中にマイクロソフトが入らないなんて誰も予想できなかったはずです。

「5F×PPF」が勝ちパターンにもっとも近い?

 まだ“勝ちパターン”と呼べるようなものが確立されていない状況ではありますが、私は、FacebookによるClubhouseの競合サービス開発の話が、「実は、基本の基本とも言える2つのフレームワークを見直す良い機会になるのではないか」と考えました。それは「5F(ファイブフォース)」《関連記事》とPPF(プロダクトポートフォリオ)です。

 つまり、自社の商品やサービス、機能を陳腐化させてくる5つの脅威(5 forces)には常に(比喩的ではなく、本当に毎日)目を光らせなければ数週間から数ヶ月でひっくり返されます。

 例えばアマゾンは2020年11月に処方薬の配達Amazon Pharmacyのローンチを発表しました。街から本屋を消しさったように、今度は調剤薬局が狙われたのです。

 そして、自社の優位性の観点からPPFを素早く確認・見直しをすることです。PPFは、経営資源を最適に配分することを目的として考えられたフレームワークのひとつです。

 横軸に「相対的市場シェア」、縦軸に「市場成長率」をとったマトリクスを用いて、自社の商品や事業を「問題児(problem child)」「花形(star)」「金のなる木(cash cow)」「負け犬(dog)」の4つのカテゴリに分類して分析します。マトリクスをご覧いただくとわかるように、「金の成る木」はすぐに「問題児」へと逆戻りするのです。

 日本で最初の(つまりシェア100%)QR決済サービスだったOrigami PayはPayPayなど大型資本の参入であっさりと敗北しました。この分野で求められる優位性は、「技術」+「一気に面を広める資金力」だと当初から言われていました。Origami Payは「技術」の先駆者として優位性を持っていた時点で大手資本と組む戦略を取れなかったことで、一気に「市場成長性が高い分野でシェアが低い」に成り下がってしまったのです。

人間も事業もいつの間にか陳腐化し、優位性は失われる

 この考え方は個人にも当てはまります。たとえば学生時代までの「勉強ができる」という優位性は社会人になった時にかなり弱まります。同じように勉強ができる(業界内ライバル)だけでなく、異業種(勉強はできないけれどコミュ力が高い)などとの競争が始まります。また、若い頃に身につけたスキルや業界知識がいつの間にか陳腐化して、成長業界に取り残されている「問題児化」してしまうこともあり得ます。

 つねに外部の脅威にアンテナを張り、自分・自社の市場における優位性を意識し、磨いたり増やしたりすることを怠らない―。当たり前のことだと思われるかもしれませんが、私たち人間は「気がついたら追い込まれていた」というように視野が狭くなったり、「自分は大丈夫」というバイアスがかかったりするものなのです。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら