東京に再度の緊急事態宣言が発令される前の某日、筆者は東京羽田からどうしても現地入りの必要がある仕事で、感染予防策の上スカイマークを利用しました。今まで見たこともないほど閑散とした空港や休業中のレストランも目に付く構内におののきつつ乗った機内は、各社減便されている影響もあるのでしょうか思いのほか席が埋まっていました。そして、いざシートに座ってしまえば普段利用するレガシーキャリア便と比べてもそん色ない快適さに早朝便であったことの料金の格安さを含めて、高いコストパフォーマンスをあらためて実感しました。
それにしても、思いを致してしまうのは航空業界を取り巻く厳しい状況です。
ワクチンの供給も始まり、1年以上にわたって世界を混乱に陥れた新型コロナウイルスの流行が一刻も早く収束することを祈るばかりですが、もし収まったとしても産業界に残る傷跡はあたかも大災害の後の被災地のような深いものに違いありません。飲食店が一軒、二軒と廃業していない街はないでしょうし、最近ではメイクアップ商品など、えっ、そんな商品までというほど様々な業種の惨状を耳にすることも増えました。
そんな中でも、やはり航空業界への影響は爆心地に近いような厳しさです。
例年ならば書き入れ時となる年末年始でさえ、各社搭乗率で30%から40%という非常に厳しい数字が並んだようです。(「航空各社、年末年始の利用実績を発表 搭乗率40%前後、ジェットスターは70%近くを堅持」)
さらに1月8日からの東京、大阪、福岡などの主要都市を含む、再度の緊急事態宣言の影響も小さいはずはなく、極めて大きな影響を受けているに違いありません。
本連載でも取り上げたJAL系LCC(ローコストキャリア)のZIPAIRに至っては、昨年10月、ようやく5ヶ月遅れで就航した初便の乗客が2名とあまりにも無情なローンチとなってしまいました。(「「ZIPAIR」の挑戦 合理性をブランド価値に昇華できるか」)
アフターコロナ、生活者のマインドセットが完全に変わる
それにしても、何より心配されるのは、コロナ以前と以後で生活者のマインドセット(思考様式)が完全に変わってしまうことかもしれません。例えばビジネスの世界でも、以前は当たり前に出張前提でセッティングされた会議が今回必要に迫られて普及したリモート会議に少なくともその何割かは置き換わってしまうように思います。
そして以前は多くの人が強いモチベーションを感じていた、個人や家族の飛行機を使っての旅行も、1年以上計画さえできない日々を過ごしてしまうと、そんな気分自体がどこかに行ってしまったように感じます。
そんな、厳しい未来予測の中では前向きな夢も描きにくいというものですが、まだまだチャレンジャーのポジションにいるスカイマークのような会社にとって、パラダイム変化のタイミングが最大手との序列をひっくり返す道筋のチャンスに違いありません。
レガシーキャリアのサービスを中途半端と感じる時代
振り返れば、世界の航空産業は一貫して大衆化の歴史を歩んできました。2019年世界の航空旅客数は45億人と発表されていました。(「2020年の航空旅客数は18億人、前年比6割減で2003年水準に ICAO発表」)
狭い国土の日本では、国内や地域内での飛行機移動の需要が大きなアメリカやヨーロッパに比べると大衆化のスピードは比較的ゆっくりで、独特の”おもてなし”文化の背景もあり、貴族が王様をもてなすような手厚いサービスが標準仕様という時代が長かったといえます。黎明期に和服のスチュワーデスさんがラウンジ然とした機内で乗客をもてなす記録写真などは今見てもインパクトがあります。
そう言えば、そんな飛行機に乗ることがまだまだ特別なものという空気が日本に残っていた時代に、友人を成田空港の到着ゲートで待っていると、当時現役の駐日アメリカ大使がフラリと一人スーツ姿の片手にドーナツでも入っているようなシワシワの紙袋だけをもって出国審査から出てきたとき、なんとも言えない衝撃を受けたことを思い出します。お付きの人もいない、手ぶらに近い恰好のカジュアルさは、少なくとも彼にとって飛行機に乗って海を渡ってくることが、何ら特別な構えの必要なものでないことがその風情から察せられました。
それから長い時間が経ちますが、日本の航空産業も、空港設備の営々とした拡張にともなう輸送力拡大、JALの経営破綻やLCCの参入など、歴史の中で徐々にカジュアルな移動手段になってきたように感じます。
一方で、失われた30年に適応して日本の生活者の地位財に対する執着は驚くほどなくなりました。そんな時代に、レガシーキャリア(フルサービスの伝統的大手航空会社)のオーバースペックでありながら、かつてほど本当の特別感のないサービスは中途半端に感じる部分がなくはないように思います。
「空のユニクロ」というポジショニングはアフターコロナでますます求められる
そんな生活者インサイトの変化と市場環境の変化の中では、創業以来の迷走を経て、現在の経営体制の取締役会長佐山展生氏がメディアなどで訴求する「空のユニクロ」というブランドポジショニングは非常に時節にあったものと思われます。
実際に、昨年度末には日本生産性本部・サービス生産性協議会の顧客満足調査で、11年連続のスターフライヤーを超え国内航空会社のトップに立ったとのこと。
アフターコロナに短期での航空需要の回復が見込みにくい中、基本ボーイング737-800単一編成での運用などLCC的合理性を持ちながら、品質面でも大手とそん色ないものを提供しようという路線は市場環境が厳しい時代に大いに受け入れられる余地があると考えます。
ただし、最近ニュースをにぎわした、副操縦士がコックピットから撮影した写真をSNSへの投稿や、期限切れキットカットの提供など、ショボい事件はいただけません。ホリエモンも、いまさらながらの紙のチケットに苦言のツイートをしていましたが、スマホで完結できる合理性の高いデジタル動線の整備なども先進的なブランドと認知してもらうためには不可欠に違いありません。
また、こんなご時世であればこそ筆者はヘッドレストが使い捨ての紙の不織紙でないことが気になったりもしました。
航空業界のユニクロを標榜するのであれば、安かろう悪かろうという言い訳は通用しません。むしろ航空産業のあまりにも定型化されたサービスの期待値を大幅に上回る驚きを期待したくなるというものです。
あまりにも即物的なブランディングが残念
何より残念なのは、ブランディング面のプレゼンテーションがあまりにも金融学的な即物性を感じさせる部分です。一言で言ってしまえば、既存ブランディングのキャリーオーバー。飛行機を飛ばすこと以外にはお金をかけませんと言えば合理的なようですが、無頓着なことと簡素な表現の中に思いを込めることはまったく違うのではないでしょうか。
ユニクロや無印良品が、いかに高度なブランディングで生活者にアピールしてきたか、高い価値観があってこそのリーズナブルという評価が成立し得るのではないでしょうか。
・ユニクロ柳井氏の革命的ビジョン 日本、世界がやっと追いついた
・「無印良品」超大型店は一見の価値あり 簡素にして豊潤 衣食住に拡がるMUJIワールド
ちなみに、LCCの先駆け米サウスウエスト航空は、それこそブランディングの世界で教科書的な存在として名高く、エンターテインメント性あふれるアプローチは依然大いに参考とすべき部分があります。
空の市場が完全に様変わりするだろうアフターコロナの時代、レガシーキャリアと別軸の魅力的な価値観をぜひ提示する存在となって欲しいと期待します。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら