ローカリゼーションマップ

滑舌よくスラスラ、朴訥で丁寧… 「話し方」のヒエラルキーなど存在しない

安西洋之

 デザインウィーク京都という2月に行う毎年恒例のイベントがある。京都にある企業の資産を一般の人たちにオープンにする。例えば、工芸製品などの生産現場を職人の顔や声と共に知ってもらう。そうした交流によって、新たなビジネスの可能性を発掘していくのが目的だ。(デザインウィーク京都

 今年はリアルの見学とオンラインライブの併用であった。このイベントを主宰している北林功さんが、次のようなことを話していた。

 「工房の職人さんたちは全般的に話下手と思われがちで、本人たちもそう思い込んでいる節があります。それで商売が広がりにくい、と。でも、6年間活動してきて、これは先入観に過ぎないと分かりました。デザインウィーク期間中、さまざまな人が毎日訪れますから、職人さんたちは繰り返し自分たちのことを話し、質問を受けながら答え方を工夫していきます。1週間もすると、抜群にプレゼンが上手くなるのですよ」

 職人さんは話下手だから、それをシステムとしてどうカバーするかというアイデアがよく出る。営業が得意な人との二人三脚であれば理想であるが、いつもそのような形態がとれるわけでもない。もっと言えば、それが理想とも言い切れない。

 ここに一つ目を向けないといけない点がある。

 朴訥で丁寧な語り口こそが聞く人の心に響くことが大いにある、という現実である。滑舌よく論理的にスラスラと話す内容は最初、耳に抵抗なく入ってくる。しかし、少し時間がたち何度か聞いていると飽きるのだ。

 一つ一つの質問に「待っていました!」とばかりに即答するのではなく、じっくりと考えながら言葉を絞り出していく姿に好感がもてる。同時に、ゆっくりと言葉を探すプロセスを共有するからこそ、聞く人の頭のなかにも言葉のひとつひとつがじょじょに浸透していく。

 ある成功した若手のビジネスパーソンが、話し方は人気のYouTuberに学んだと語っていた。確かに彼の話は聞きやすい。だが、だんだんと声がぼくの頭の上を通り過ぎ去っていくような気になる。馬耳東風か。そして、「もう、聞きたくない」と思うようになる。

 何かを学ぶとき、あるモデルを真似ることは良い方法だ。練習してみればよい。だが、その後に自分なりのスタイルを作っていかないといけない。またはモデルをマスターした後、真似たモデルを使うのはどういう場面で使うと良いかを再考する必要がある。

 そうした「次の努力」をしんどいと諦めるなら(実際、自分のスタイルに昇華するのは難題)、そもそもモデルを真似る道に入らない方がマシかもしれない。

 

 確かにテレビ放送のアナウンサーは上手く話す。澱むことがない。例えば、アナウンサー出身の人がパーティの司会をしていると、聞いている人たちは一定の安心感を得ることができる。

 「この人、場を乱さずにやってくれるのか?」という不安を抱かせない。ただ、正直言って意外性がなく、ぼくには面白くないことが多い。ぼくのように感じる人間が多数か少数かは知らないが。

 もちろん、パーティの司会が担うべき役割と工房を訪ねる人に説明する職人に期待されることは違う。ぼくがここで言いたいのは、「話し方のヒエラルキーなど存在しない」ということだ。

 テレビのアナウンサーは不特定多数、それも一般の人が相手にする人の数とは桁が圧倒的に違う。何十万や何百万という数だ。どこかの会場で有名な人が講演しても何千人というレベルだ。

 学校の先生が授業で話す相手は何十人から何百人だろう。会社の会議でプレゼンするのに何十人もいればかなり多い。どこかの潜在顧客に営業トークするなら相手は2-3人がせいぜいだ。

 

 恋人を口説くなら相手は絶対1人だが、結婚を認めてもらうなら相手の両親を含めて3人かもしれない。

 つまり話す場によって違ったレベルの技量が求められるに過ぎず、多くの人にとっては何百人を相手にすることなどそうそうないのだから、YouTuberの話し方を気にするなど的外れなのだ。

 冒頭の話に戻る。仮に職人さんが話下手だと思い込んでいるとしたら場数が少ないのだ。違ったシーンで話し方の違ったテクニックが要されると実感するための場数だ。たまさか営業の人が上手く話すなら、ある程度バラエティーに富んだ場に入ることで、幅の広い話題についていく習慣がついたのだ。

 北林さんは「今年は、親子のためのコースもつくったので、小さいお子さんもいらっしゃいました。職人さんもお子さんに分かっていただけるよう、一生懸命、説明に工夫を凝らしてくださいました」と話す。

 話を聞いた10歳の子が、大人になったらその工房に弟子入りしたいと宣言したそうだ。

 他人から学ぶことは多い。だが、それぞれのシーンで人は誰もが自分の持ち場で話し方の達人だ。どこかにモデルがあるはずがないのだ。苦労するなら、モデルを求めるより場数を増やすことにエネルギーを使うべきだろう。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。