ローカリゼーションマップ

日本のビジネスは生産性が低い? 思い出すあのエピソード

安西洋之

 「結果はダメだったけど、頑張ったからいいよね」「アウトプットは二の次でいい、努力することが大切なのだから」というセリフは、自称プロフェッショナルの人たちから「甘い!」と評されるのが常だ。しかしながら、ここでいう「結果」「アウトプット」自体がえらく古い枠組みで考えていないか?という疑問がどうしても残る。

 手で触れるようなモノ、数値化された目標、これらがプロセスの終着点として可視化されている場合、前述のような結果重視のコメントになる。

 自動車のエクステリアデザインがあまりにダサく、機能的品質が問題だらけであれば、「一生懸命作ったのですが…」とのメーカーの話にまともに耳を傾ける人はいない。

 自分たちで設定した売り上げ目標に到達できなかったら、目標自体の設定に無理があることもあるが、販売のプロセスに改善すべき点があるのだろう。「でも、時間かけて名刺をたくさんもらってきたからエライよね」とはならない。

 しかしながら、こうしたはっきりとした「締め」がない活動が増えている。ある地域の人たちが気持ちよく生活できるかどうかをテーマとしたら、どこかの時点で「気持ち良いですか?」とのアンケートに「絶好調です」と回答した数週間後に、「もう、こんな土地離れたい!」と嘆きたい近隣トラブルがあるかもしれない。

 一つのことですべてが決定される環境にいるのではなく、あらゆる要素が複合的に絡み合ったなかで、どのようによりマシな動きを継続させるかが挑戦すべき点になる。

 仮に手で触れるようなモノであっても、かつてのようにモノ単独で評価されるのではなく、一連のサービスにおけるモノという位置づけになることが多いためオープンループをもとにした考え方が主流になるはずだ。

 さて、こういうプロセスの話で思い出すことがある。

 もう10年以上前の話だ。ヴェネツィアビエンナーレ建築編を仲間たちとミラノから見に行った。アイルランド人、英国人、イタリア人、そしてぼく日本人という構成で6人。皆、デザインの領域で働いている人たちである。

 その年、日本館は建築家の石上純也さんが作品発表していたのだが、この作品が仲間たちと議論のネタになった。石上さんはエコシステム(あの当時はサステナブルではなく、エコという言葉が多用されていた)が実現された世界観を、館内の白い壁いっぱいに鉛筆でそれは詳細に描いたのだ。

 説明によれば、1週間、スタッフともども徹夜の連続でこれを描いたとのことで、そのエピソード自体がPRポイントにもなっていた。

 欧州人の多くは「なんと生産性が低いプロジェクトをやっているのだ! 入口に書いてある趣旨を読めばコンセプトがわかり、それ以上のことがあの壁にはない」と批判するなか、1人のイタリア人が「なんか、日本らしいよね」と「らしさ」で「いいんじゃない?」と皆に問いかけた。

 だが、それで多数派の意見が変わることはなかった。

 ぼくはプロセスというと「生産性」という言葉が結びついて、このエピソードを思い起こす。特に、日本のビジネスは生産性が低いとの議論が出るたびに、あの日のことが頭に浮かんでくるのだ。

 この数年間、新しいラグジュアリーの意味を探っている。19世紀に貴族性を真似て英仏に生まれた新興ブルジュアのためのラグジュアリーブランドが、少なくとも先進国においては賞味期限切れとなりつつある。

 そこで世界のいろいろな地域の人たちが、ローカル文化に基づいたラグジュアリーのあり方を求めている。しかし、どこかの誰かが圧倒的にリードして意見形成を図っているとの状況でもまだない。

 そこでよく聞く声がある。クラフツマンシップの再評価である。工業製品的な均質なテイストではないものに魅力を感じる人が増えている。目をひくべきは、その動機として、完成したモノの質感だけでなく「職人の仕事のプロセスに心が動かされる」というのだ。

 最近、尾原和啓さんの『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』という本を読んだ。アウトプットもさることながら、プロセスそのものがビジネスを動かすエンジンになっているという。

 本の中でビールのハイネケンの動画を紹介している。ある実験だ。意見のまったく違う人間が、お互いにそのことを知らずに椅子を組み立てる共同作業を行った。すると、あとになって意見の違いよりも、その相手と一緒にビールを飲み続けたいと思う選択をする。

・価値観の違う他人と仲良くなれるか? ビール大手ハイネケンが実験しました

 プロセスが社会のあり方を左右させる。「アウトプットがすべて」と思い込んでいる人たちは、アウトプットとはいったい何なのか? 生産性とは何を指すのか? を問い直してみるのがよいだろう。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。