トヨタ自動車が9月7日、「電池・カーボンニュートラルについての説明会」を開催しました。内容は、いかにスピード感をもって高品質の電気自動車に使える電池を開発しているのかという方針をアピールするものでした。2021年1月におこなわれた施政方針演説において菅首相が「2035年にガソリン自動車の新車販売を禁止する」と発表して以来、トヨタ自動車からは、活発な情報発信が続いています。ここ最近では最も身近に感じられる「ルールチェンジに関するロビー活動」を目撃できているのではないでしょうか。
このロビー活動のポイントは、シンプルに言えば
- 国が自動車の生産に関するルールを変えた
- トヨタはそんなルールチェンジは困る
という2点なのですが、
- 国は環境に良い世界を作るためにルールを作った
- トヨタは不利だから嫌がっている
という単純な構図ではありません。
- トヨタ以外の世界の自動車メーカーはトヨタのガソリン車は目障り
という状況なので、諸外国が自国の自動車メーカーのためにルールチェンジの流れを政治的に作った。というのがわかりやすいところです。大義名分として「環境」というなんとなく反対しにくい看板を掲げるのも常套手段ですね。トヨタとしては
- 「2035年」なんて急なことをやったら、企業として対応に困る=雇用問題でもある
と訴えています。自動車は基幹産業であり、日本の労働者人口の約8%で約550万人が関わっています。小さな老舗のように「2代目になったので、先代からの古い考えの従業員には去ってもらい、ゼロから立て直しました」なんてことはできません。トヨタだけでなく、国レベルで大きな傷を負うことになるという試算をしているのです。そして、なにより
- そもそもガソリン車を電気自動車にすると環境にいいのか?
という点に疑問を投げかけています。日本の電力の大部分は、化石燃料依存度の高い火力発電でまかなわれています。「電気自動車づくりを支えるための発電ですでにCO2(二酸化炭素)を排出した車は『カーボンニュートラル』の基準に満たず輸出できないだろ」という言い分です。
(1)巨大な雇用を創出し、国を支えているといえる日本の自動車産業と、(2)海外の自動車産業、そして(3)その海外が作り出した流れに「なんらかの思惑で」乗ったように見える国…この3者が「ルール」に関して綱引きをしている状況です。
トヨタはなぜここまで抵抗するのか
もちろんトヨタも超高速で電気自動車への対応を始めていますし、対応するでしょう。そして、国も自動車業界のソフトランディング、つまり電気自動車化によって生まれる大量の仕事の喪失や事業転換のための投資への補助を検討しているはずです。このトヨタの活動で注目したいのは
自分に有利なルールを作る
という日本の大企業が苦手とする競争だという点です。
トヨタが抱く危機感からいえば「そんなくだらないことやっている暇があったら良い製品をつくればいいのに…」という指摘は的外れかもしれません。マス商品の消費者はあっという間に「楽で安くて多いもの」に流れていってしまいます。多くの人は事情を考えずに「トヨタはグダグダ言わずに電気自動車がんばれよ」くらいでしょう。しかし、トヨタにとって“後出し”されたルールに沿ってしっかりとした電気自動車を開発している間に、格安の電気自動車が入ってきたらさっさと切り替えてしまいます。
ある程度意識の高い方々が「やはり国産じゃないと」とか「安物買いの銭失いだ」とか言っても、大きな流れができてしまえば「マス商品」の勝敗は決してしまいます。マスはマス商品に対して、大きなこだわりがないのです。自動車は他に類を見ない「高額」な「マス商品」です。現状では、他の産業とは国全体に対するインパクトが全く違います。だからこそ、他国の自動車メーカーも同国の政治を巻き込んだ大きな仁義なき戦いとなっているのです。
政治を巻き込んでのルールチェンジは常套手段
途上国でのビジネスの新規開拓などでは、「先に乗り込んでルールを作ってしまえ」「遅れたら政治家を巻き込んででもルールチェンジをしろ」というのは鉄則です。しかし、日本を支えているといえる自動車産業がこのような状況になって始めて「ルールチェンジ」の事の重大さに気づく方も多く、トヨタ自動車の例は良い教材となるでしょう。
自動車産業に携わっていない方にとって対岸の火事ではありません。経済的に必ず自分に降りかかってくるインパクトがありますし、日本人の感覚では他国とその産業による「卑怯なルールチェンジ」の手法に対して、ここまで一般的に注目されている中でどのように対応していくのかは大きな興味があります。応援する気持ちで見守りたいと思います。
【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら