ローカリゼーションマップ

中国「ロゴ至上主義」の終焉 加速するラグジュアリーの新しい意味探し

安西洋之

 この夏、中国政府が富の再配分を言い始めた。貧富の著しい格差がその背景にある。それとともに芸能界のインフルエンサーの露出を制限するような動きもある。共産主義が理想とする社会の実現に向かっていると表現してよいのか、ぼくにはさっぱりわからないが、何かが変わりつつあるのは確かである。

 そのため欧州高級ブランドの株価に影響したとのニュースもある。

 この変化を知り、ラグジュアリーの新しい意味探しが加速し、旧来的なラグジュアリーの減速が前倒しになるのでは? と真っ先にぼくは思った。

 かつて、つまりは20世紀末から今世紀の初めにかけ、ハイブランドは他人に自慢する排他性の誇示が前面に出た。言ってみれば、これ見よがしの「ロゴ至上主義」みたいなものだ。

 それに対して「品がない」と散々な批判がある。

 現実としては「やはり、ハイブランドを他人に見せたい」との欲求はあり、それを肯定的に受け入れる地域とそうではない地域がある。または、社会の文化の違いもあるが、時代の変遷の結果でもある。

 例えば、前世紀後半、日本の人たちはロゴが見えていることを重視した。しかしながら、今世紀にはいり「ロゴを見せるなんて格好悪い」という勢力が増えてきた。実は、欧州ではもっと早いタイミングでこの傾向が出現していた。

 しかも、排他性よりも社会的な包摂性にウエイトがおかれる時代になった。エリートであることを自ら可視化するのは損であるとの認識が広まっている。

 昨年、ウェビナーでスイスのある高級時計の米国法人社長が次のような発言をしていた。

 「ファッションのカジュアル化とともにロゴを誇示することが少なくなった。しかし、時計だけは誇示したいという人が一定数いる。それが米国市場の特徴といえる」

 パンデミックになる前の2019年の数字で、ハイブランドの時計、アクセサリー、アパレルの世界市場はおよそ30兆円だった。そして中国人市場、つまり中国本土と海外渡航先でのハイブランド商品の購入は世界市場のおよそ30%であるとカウントされていた。この中国人比率は年々、さらに上昇していくと予測されてきた。その中国人市場の特徴がロゴ重視である。

 即ち、「目立つ」を避ける地域においても時計のように目立つことに拘るモノがある一方、「目立つ」が優先される地域があり、その筆頭が中国である。

 そして、冒頭に述べた中国政府の方針の変更によって、「目立つ」がしづらくなるわけだ。すると何が起こるか?

 世界の30兆円市場の7割はヨーロッパ発である。これらの企業は自らの市場の変化に対応してラグジュアリーの新しい意味の探求をしながらも、ロゴ重視の中国市場の意向に沿うよう二刀流をとってきた。だが、これから後者の位置が相対的に下がる可能性があるのだ。

 一方、これまであった中国のローカル文化に基づく独自のラグジュアリー開発もより強まるだろう。

 ラグジュアリーの新しい意味について、この2年以上、ぼくはリサーチを重ねてきた。各国のリサーチャーや実務家にインタビューを行い、多くの人と意見を交わした。

 結果、新しい動きが出てきているのが確認できた。そして、それらが徐々に存在感を増しているのも見えてきた。ただ、新しいメインの方向としてはっきりと姿を現してくるのは、これから5-10年先だろうとの見込みをつけてきた。

 そうしたら、この度の中国政府の方針変更である。新しい方向がメインになるタイミングの前倒しが予想されるのだ。

 他方、リサーチで得てきた内容を踏まえ、ワーク中心で参加者と講師が一緒に考えていく講座を仲間と共に企画し参加者募集をスタートした。「新しいラグジュアリーの鼓動に耳をあてる。」とのタイトルだ。

 新しい動きに自らのセンサーをきかせ、新しい文化を創っていこうと思う人の背を押す。

 言うまでもなく、中国の動きとはまったく関係なく準備を進めてきたが、意外な展開にぼくも驚いている。量を優先する中国動向とは常にぼくは距離をとってきたが、中国を含め、どこの世界でも質を見極めようとの動向が強まっているのは感じている。

 図らずも、講座の狙いと社会の流れが交差するタイミングが速まってきたのだ。もしかしたら荒波になるかもしれないが、この波を真正面から受け止めてみたい。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンジェリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
note:https://note.mu/anzaih
Instagram:@anzaih
ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。