今日から使えるロジカルシンキング

Paidy売却は布石? ビジネスマンに不可欠な「PayPalマフィア」的着眼点

苅野進

 アメリカの決済大手であるPayPal(ペイパル)が、「後払い決済システム」を提供する日本のPaidy(ペイディ)を9月に3000億円で買収するというニュースは大きく報じられました。先進的なIT技術に関するものだと思われがちですが、このニュースを考えることは「新規事業」の基本を確認するのにとても良い教材だと思います。

 そもそもPayPalは「世の中にいろいろな新しいネットショップがあるけど、クレジットカード番号などの重要情報を入力して購入するのはちょっと…」というシンプルな不安に対して、「PayPalにだけ重要情報を預けてくれれば、代わりに支払いをやっておきます」という“安全な仲介”を提供した企業です。シンプルな不安・需要に対して、既存の技術で素早く対応したわけです。

 今回買収されたPaidyはネットショップで買い物した代金の「後払い決済システム」ですが、サービスそのものは昔から存在しましたね。いわゆる「請求書払い」です。Paidyはこの請求書払いを「ネット化」し、「分割支払いも手数料なしで可能」にしただけの企業ということもできます。PayPalもPaidyも「支払い」という全く新しくない行為に対して、付加価値を提供したに過ぎないのです。

大企業が見落としがちな「漏れた人」への訴求

既存のサービスから漏れている顧客はいないか?

 これは、大企業に勤めているようなビジネスマンが軽視しがちな思考です。大企業は「新しい客に、うちのサービスを」と考えがちで、既存サービスが大きければ大きいほど小さなマーケットへの進出には本腰をいれません。それが大きく成長しそうなら参入しようとか買収しようという考えです。

 大企業のビジネスマンは、普段から世間のサービスを十分に享受しやすい立場なので既存のサービスの欠点に気づきにくいと言えます。PaidyのようなBNPL(Buy Now Pay Later=今買って後で支払う)サービスの開発者は、「クレジットカードの審査で落ちた」という経験の持ち主が結構多いのです。勤続年数が短い、スタートアップ勤務、フリーランス、起業家…などを理由に、クレジットカードの与信審査に通らない人々は存在しますよね。

与信審査は、金融機関だけがもつ能力なのか?

Paidyは、

クレジットカードを持っていない人々

 を狙いました。「そんな危険な商売できるのか?」というのがこれまでの考え方です。これまでも企業が「請求書払い」にするには、書類を出したりして「きちんと支払う能力も傾向もある」ことを認めてもらう必要がありました。

 そしてこの「与信審査」の能力こそ金融機関が独占的に持っていると考えられていたのです。しかし、額を抑え、IT技術による情報収集・管理を併用することにより「この金額までだったら大丈夫」という与信管理を、金融機関が対象にしていなかった層を相手に実現したのです。

 かつて、そうした既存の金融サービスから漏れた層に対しては「信用が低くても貸して、強引にでも取り立てる」というサラ金や消費者金融のビジネスモデルしか存在しませんでしたが、Paidyは実にスマートな形態で解決策を提供したと言えます。そして、そのような層への「提供側から見るとハードルが高い」サービスを構築できると今度は

既存顧客を破壊的に奪う

 という好循環が始まります。「クレジットカードを持てない人」へのサービスとして始まったのが、「クレジットカードを持つ必要がない」という層を作り出すのに至るのです。

「本当に参入障壁なのか?」に新規事業のヒント

金融機関が膨大な経験と優秀な人材によって与信審査をしているが、それは本当に彼らにしかできないのか?

 マーケットはすでにわかりやすく存在するわけですから、「参入障壁(だと思われているもの)」を明確化し、突破口を見つけ出すというのは「何か新しいサービスはないかな~」と漠然と考えるよりも「新規事業」として狙いやすいものなのです。

 「『分割払いでも利息なし』って無茶苦茶だ」という考えも、「手数料は店側が持てばいい。売れないよりはいいでしょ」という、これまたテレビショッピングなどで昔から存在した「分割手数料は無料!」という仕組みでPaidyはあっさりと突破しています。既存の金融サービス企業はなかなか踏み出せなかったのではないでしょうか。

 小さな企業群が泥臭く始めたBNPLのサービスは、構築したシステムを大企業が買収し始めるというフェーズに入りました。PayPalを創業し、売却した後にもその資金を元に次々と新しいことに挑戦・投資している“PayPalマフィア”と呼ばれる起業家たちのように、売却後も次の「破壊」に向けて既存サービスの不具合に目を向けているのかもしれません。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら