「イノベーションの画期性と企業成長」という文部科学省 科学技術・学術政策研究所の報告書がつい1週間ほど前にネット上で話題になりました。報告書自体は今年6月に公表されたものですが、日経電子版の記事「イノベーションで成長せず?『革新、効果なし』が一石」(10月30日)で取り上げられたことでSNSを中心に注目を集めたようです。
報告書は要旨と全文からなるものです。要旨にあった「分析の結果、革新的イノベーションによる企業成長の効果は見られず」という一文が一人歩きしているようです。さまざまなところで脊髄反射的な反応が見られました。
「イノベーションとかDXとかやっぱり意味ないだろ」
とか
「嘘だ。グーグルとかアップルを見れば明らかだ」
など賛否両論です。
そもそも「革新的イノベーションによる」とは?
ロジカルシンキングの基本は、「情報を正確に読む」ことですし、「飛躍のない仮説を立てる」ことでもあります。今回のこの「分析の結果、革新的イノベーションによる企業成長の効果は見られず」というショッキングな要旨を前にして、冷静に分析できるかを考えてみましょう。
本研究では,イノベーションの画期性が企業成長に及ぼす影響について,文部科学省科学技術・学術政策研究所が実施した全国イノベーション調査の個票データを用いて実証的に分析している。分析の結果,革新的イノベーションによる企業成長の効果は見られず,むしろ漸進的イノベーションが企業成長に大きく貢献することが分かった。また,漸進的イノベーションの効果は高成長企業ほど高いことも明らかになるとともに,低成長企業の成長率向上にも寄与するという発見も得られた。この発見は,マイナス成長に直面するような低成長企業であっても,イノベーション活動に取り組むことで成長率を改善できる可能性を示唆している。
出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所 第1研究グループ「イノベーションの画期性と企業成長:全国イノベーション調査を用いた分析」要旨
「革新的イノベーションによる」とありますが、この部分は実は曖昧です。
- 社内の商品の生産システムにおいて革新的イノベーションがあった
- 人事システムなどバックオフィスで革新的イノベーションがあった
など、さまざまな解釈がありえますので確認が必要です。実際に報告書では、「画期性の高い新製品の導入」と定義しています。市場に存在しない製品を販売することといえます。つまり、
- 「革新的イノベーションによる企業成長の効果は見られず」
というのは、
- 「市場に存在しない、革新的イノベーションを実現した製品を販売することによって、企業成長の効果は見られず」
ということなのです。ここまで情報を整理してもなお、
- 「革新的イノベーションを実現した製品は企業成長に効果がないから開発する必要はない」
という結論まで飛躍してはいけません。文字通り、飛躍つまり間を飛ばしているからです。
「ビジネスの基本」に当てはめてみる
ビジネスの基本である4Pを考えてみましょう。
4Pとは、Product(製品・サービス)、Price(価格)、Place(販売場所・提供方法)、Promotion(販促活動)ですね。製品を売る時には、この4つが適切でなければならないのです。
- 「革新的イノベーションによる企業成長の効果は見られず」
は「Productが革新的であった」というだけであり、残りの3つであるPrice(価格)、Place(販売場所・提供方法)、Promotion(販促活動)がどうだったかについては言及していないのです。つまり
「革新的な製品」が、適切なPrice(価格)、Place(販売場所・提供方法)、Promotion(販促活動)を実行できなかったために広く売ることができなかった。
という可能性があるわけです。みなさんは、この可能性について、どのような仮説を立てることができるでしょうか?
高校生が立てた仮説
私が運営する学習塾ロジムの授業で、高校生が挙げてくれた仮説を紹介します。
- 革新的だからといって高価格になってしまった
- 革新的なものを、どう使うかを説明するような適切な販促活動ができていない
- 日本が経済的に厳しいので、高価格な革新的製品を買えない。アメリカなら売れたのでは?
- 販売場所がない。つまりそもそもニーズがなかったのでは?
いかがでしょうか? 高校生にしてはなかなか鋭いと思いませんか? いずれの可能性も捨てきれないものですので、しっかりとした検証が必要です。その検証無しに、「革新的イノベーションを実現したというような製品は、企業成長には役立たないので必要ない」などという結論には到達できません。
分析では「革新的イノベーションを実現した製品の市場があったのか?」という「問い」に関しては言及がありました。私たちビジネスの現場にいる人間は、この「問い」をしっかり立てて、次の分析へと繋げていくことが重要です。都合のよい解釈をして、持論を補強する形で使ってしまうのはデータの活用において一番避けなければならないことです。
「AだからBである」を見たときのチェックポイント
「AだからBである」という命題を見た時に、まず
- Aとは何か?
- Bとは何か?
を確認することが必要です。また、
- それは本当に因果関係があるのか?
- 因果関係があるとして、原因はAだけか?
の2つの視点でチェックを入れる必要があります。
みなさんも、刺激的なコピーに反射的に反応してしまうことなく、冷静に読み解く姿勢とスキルを高めて欲しいと思います。
【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら