ぼくは「出羽守(でわのかみ)」のカテゴリーに入るらしい。生活拠点の場所から「欧州では」「イタリアでは」と話す場合が多いので、必然的にそうなる。日本以外のどこの国にいても「出羽守」と言われるわけでもなさそうだ。殊に北米と欧州にいる場合にそのような「称号」を授かるようだ。
そんなのいらない! 面倒なことだ(笑)。
海外に住んでいて何かを発信する。すると、「日本のコンテクストは違う! そのまま適用できない」と脊髄反射的な反応をする人が相変わらずいる。いや、単に事実を話しただけなのに…。
「日本でもそうすべきだ」と言われているような気になる人がいる。
このあたりの物言いに気をつけるようになったのは20年くらい前からだ。欧州文化の魅力が一層色あせたと思われるようになったタイミングだ。でも、それなりに市場としての力はある。
「欧州の人の感覚と考え方って、こうなのですよ。日本で生活する分には知らなくてすみますが、あなたの商品を欧州市場で売りたいのなら、このように理解しないとあなた自身が困りますよ」
欧州市場でビジネスをしたいと言う人たちに対しての決まり文句でもある。ビジネスの成功のために欧州文化を理解するのなら、聞く人も「いや、日本では!」と反発することもない。
それでも、まったく気を遣わないわけではない。欧州文化の特徴が世界で正当性をもつところは依然ある。そこは市場とは関係なく参考にするといいと思う内容を示唆するときだ。
例えば、以下のような文脈だ。
2017年、現在はストックホルム経済大学でイノベーションを教えるロベルト・ベルガンティの本『突破するデザイン』の日本語版を監修した。イノベーションには2つあり、目的地にたどり着く方法の改善が一つ。もう一つは目的地そのものを変更する。
前者は問題解決型である。後者はセンスメイキング、つまり意味づけに該当する。ただし、後者のイノベーションのやり方があまり開発されていない。そこを指摘して実践をしているのがベルガンティである。
方向をあらたに見つけるのは、皮膚感覚をもとにした極めて主観的な判断である。そうであるから、当然ながら、最初の一歩は1人で感じ1人で考えるステップが必ずはいる。
このことを日本の方にむけて書いたり話したりすると、ちょっと意外(不幸にも、今としては馴れたが)な反応がくる。「1人で考えていいのですね!」との喜びともつかぬコメントだ。
1人で考えるのに背徳感を抱く人が少なくないのだ。「チームで考えよう」への過剰評価の結果だ。
先日もあるところでこのテーマで話した。フィードバックとしておよそ3分の2の人が「1人で考える大切さが印象に残った」と書いていた。
そして、この現実を日本の他の人に再度話すと、「そうなのですよ、学校教育のせいでしょうか」「人の顔色をみていますからね」と、かなり深刻な表情になる。一方、同じことを欧州の人に話すと、哀れみの情が顔にでる。そこで終わり、議論にならない。
上記では「1人で考える」だが、「人権」や「自由」といった事例においても、かなり似たような反応がある。つまり日本では他人事というか、間に膜がかかっているというか、なんともぼんやりした感覚で「人権」「自由」に接しているのが分かる。
欧州ではもっとダイレクト感がある。
これらの概念は人が生きるうえで根幹に関わる。
「経済的に豊かになるなら、人権や自由は若干制限があっても致し方ない」と明言するか、「経済的な指標よりも、人権や自由は十全に保障される社会に住みたい」と考えるか。
人によっては、「人権や自由は西洋的概念であるから、文化の違う他の地域でそれらが制限されるのは致し方ない」と話す。アジアの近隣の国や中東も想定しているようだ。どうもアフリカには少々違った前提を用いている印象がある。
その一方、「我々日本では、自由に生きたい」と述べる。しかも、自分たちは客観的にみて民主的な社会に生きていると認識している。だが、先に書いたように、「自分1人で考えていいのですね!」と喜ぶ環境下においての認識だ。それを見逃してはいけない。
言うまでもなく、ヨーロッパでは人権や自由への希求がもっと強い。ことにハンガリーやポーランドなど東ヨーロッパ諸国で強権的な政府が誕生している。かつEU外のベラルーシなど東側の国とも、人権や自由で衝突がある。それが今のシーンだ。
ぼく自身、東ヨーロッパの人たちから直接、旧ソ連時代にあった自由のない世界を心の底から憎み恐れていたのを聞いている。よって「経済的にマシなら若干の自由の制限は受け入れる」との日本の近隣の国で言われている内容に、日本の人が軽く首肯している姿が率直に信じがたい。
およそ「出羽守」と言われようが今となってはあまり気にしない。だが、殊に人権や自由については強調しておきたい。「出羽守」と一蹴して溜飲をさげている人々に襲いかかる、次にやってくる日本の社会のありようが哀しすぎる。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。