専欄

天安門事件30年に思う 中国共産党のサバイバル能力 (2/2ページ)

 自己批判によって毛沢東からの追及を逃れ、「不倒翁(起き上がり小法師)」と呼ばれたのは周恩来である。党内で生き残るために、心にもないことを口にし、文字にもした。

 天安門事件後に、心にもないことも言わざるを得ない党幹部としての生き方に見切りをつけ、ビジネス界に転じたのが陳小魯(十大元帥の一人、陳毅の息子。2018年2月に死去)だった。彼の生前のインタビューによると、事件直前、幼なじみの友人に語ったことが、歪曲(わいきょく)されて趙紫陽をおとしめる口実に使われたという苦い体験があったという。

 友人が心を許して語ったことさえ、党内で生き残るために「告げ口」するというのは、胡耀邦が失脚した際にも見られた。胡耀邦が数十年来の友人に思わず口にした愚痴が、胡耀邦を批判する場で暴露されたのである。陳小魯はそうした生き方に嫌気がさしたのだろう。

 事件見直しの日は必ず訪れる。それは北京で事件の顛末(てんまつ)を取材した者としての確信である。(敬称略)

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