「意味のイノベーション」の提唱者であるミラノ工科大学ロベルト・ベルガンティ教授は、著書『突破するデザイン』において、辞書にある「意味」の次のポイントに注目している。
意味は「自分の人生に価値があると感じさせてくれる目的意識(例として…「友情は私にとって大切なものである」「友情は私の人生に意味を与えてくれる」)」である。
自分がダサいと思うもの、不味いと思うものに、人は拘りをもてない。カッコイイと思うもの、美味しいと思うもの、人はこれらに愛着をもつ。そして、それを自分が愛する人にも味わってもらいたいと自然に思う。
明らかに方向性をはらんでいる。
したがって日本で審美性と意味の間に関係がないと思う人は、何か別のところでひっかかるのだろうかとも推察する。抽象的な概念とリアルなモノの間の関連性も議論しづらいと語られることが多い。
しかしながら、本当にそうだろうか。
街の路上に殆ど紙屑が落ちていない風景と日本人の精神文化を語る人は少なくない。それが高品質の工業製品をつくる源泉であると主張するのが定番であるにも関わらず、審美性と意味の関係になると腰が引けてしまう。
何が問題なのだろうか。
「あっ、これ意味あるな!」と思った経験をもたない人がいるだろうか。意味を考えない人などいない。意味があると実感して、誰もが人生を歩み、意味がないと思うことにはストレスを感じ、そこからどう逃れるかを常に考える。