キャリア

ホリエモンが東大卒を捨てた理由 堀江貴文はこう起業家人生をスタートした (2/3ページ)

 ビジネス、遊び、お金、人間関係……全ては流れのなかで、できている

 世間の人たちから見れば、堀江貴文という人間は、流れに逆らって生きているように見えるかもしれない。しかし僕本人は、逆らっているつもりがないのだ。ほとんど流れに身を任せている自覚しかない。ビジネスや遊び、お金も人間関係も、全ては流れのなかで、できている。自分から「こうしたい!」と願いながら取り組んだものは、あまりないのだ。

 誤解されてはいけないが、周りに流されるということではない。意識しているのは、「自分のなかの流れ」であって、他の人の流れとは関係ないのだ。人は、みんなそれぞれ自分にとっての川を流れている。僕もまた、僕だけの川のうねりを、流れているのだ。周りに流されるのではなく、自分の川の流れに逆らわず、自分の運命に逆らわずにただゆっくりと流れていけば、必ず行くべき海へ出られる。僕の思考の底には、そんな確信がある。

 運命とは、宇宙の法則であって、不確定性原理である。未来は予測できないものの集合体で、できているのだ。だから、予測などできっこないし、未来予測なんてものは、捨てていい。というか、そんなもの最初から持っておく必要はないのだ。未来は、不確定性に満ちている。逆に言うと、まったく確実ではないから、未来は未来なのだと言える。予測しようと思っても、土台から無理なのだ。不幸が起こるかもしれないし、思いがけないラッキーもあるだろう。いちいち一喜一憂していても、仕方がない。

 不幸なトラブルも、ラッキーな成果も、ぜんぶ流れのなかのものとして、受け止めないといけない。人生において、ある程度の軌道修正はできるかもしれないけれど、最終的にたどり着く大きな海は、変わりがないと思う。起きることは全部が当たり前。行くところは僕たちの意図や願いでは、どうにもできない。それが、流れに身を任せるということなのだ。

 力を抜いて、流れに身を任せるだけでいい。そして目の前のことに、ただひたすらに熱中すること。すると、人はいつの間にか、自分に合った仕事、人間関係、自分が在るべき場所へと、たどり着けると思う。

 僕は20代はじめに起業した。以降、同じぐらいのスピードで急成長したベンチャー企業は、日本の近代経済史のなかでも珍しい方だと思う。自慢ではなく、客観的事実として述べている。もっともっと金持ちになろうと、前のめりに努力したわけではない。 

 繰り返すが、時代の流れや人との出会い、自分の感情にリアルタイムで素直に従った結果、そうなったに過ぎないのだ。 

 流れのなかで、僕が何か自分なりに意識していたとしたら、「執着」をしないことだ。得たモノを何のためらいもなく、捨てていった。だから順調に、転がり続けられたのだと思う。流れる水のなかを行くとき、持ち物が多かったら、途中で止まるか、ケガをしてしまうのだ。

 父に「卒業だけはしろ」と諭されるも東大を中退

 大学4年のときから、仕事としてITの世界に触れた。次第にインターネットに、夢中になっていった。朝から晩まで、時間があればずっとPCに向かっていた。

 Webの世界は、スマートだった。全世界の情報がひとつの画面に集まる。百科事典や新聞などとは桁が違う、知の集積にアクセスできるだけではない。コミュニケーション、ショッピング、金融などあらゆるシステムと深くつながり、リアルの社会の景色を変えていくのだと思った。

 インターネットでの仕事は、処理スピードが速く、ミスしたとしても修正がすぐできる。トライアンドエラーの回数をいくらでも増やせ、そのぶん成功確率を高めていくことができた。しかも少ない人手で仕事が回せる。インターネットで、理想の未来がやって来る。僕はそう確信するようになった。

 ほどなく、僕はインターネット事業の会社を興そうと決めた。起業家としての知識は「上場って何でしょうか?」というレベルだった。最初に会社をつくるときは、書店で『会社のつくり方』という本を一冊買ってきて、具体的な手続きを学んだ。まずハンコをつくって、登記とかいう作業が必要なのか……というような状態だった。

 見よう見まねで、ものすごく稚拙な事業計画書をつくった。稚拙だったけど、書いていく過程で、頭のなかで描いていたビジネスのぼんやりした全体像が、輪郭をもって具体的になっていくようだった。最初の事業計画書のプリントアウト版は、いまも残っている。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus