ミラノの創作系男子たち

「なぜ?」の連続が作品に 哲学畑の彼女は問題の構造に立ち向かう~女子編 (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 「母親が高校でラテン語の教師をしているので、哲学には近かったの。父親はエンジニア。こういう家庭環境でファインアートに向かうのは抵抗があったのよね。絵が好きな子にはデザインがちょうどよかった」と言った後、「でも、イラストも問いの連続が作品になるのよ」と真剣な表情になる。

 デジタル系の問題解決に哲学的態度で立ち向かっていると、センスメイキング、つまり意味を作り出す領域に踏み込めない不満がでてこないものか、とぼくは疑問に思った。彼女はこう答える。

 「問題は探っていくと、その問題の構造が浮上してくるでしょう。その構造に真っ向から立ち向かうには、やはりセンスメイキングの領域で勝負しないといけない。だから、そうはっきりと二つを分けることはできないと思う」

 「ただし、意味は意識的につくるケースと無意識につくられるケースがあり、例えば、文化とは無意識の領域に属することが多い。ここにデザインが意識的に関与することができる。というのもデザインとは意識的にプロジェクトをつくることだから」

 それでは、今の仕事に満足なわけね?

 「いや、いや、不満。私に満足という言葉はない!」と明るく笑う。そうか、不満には笑顔が、満足には真剣な表情こそが相応しいかもしれない。その勢いで、こういう言葉を放つ。

 「デジタルトランスフォーメーションが盛んに言われ、顧客企業にもチーフ・デジタルトランスフォーメーション・オフィサーという肩書がよく見られる。これ、笑っちゃうわ。だってオフィサーって軍隊みたいじゃない。これはデザインの領域だと思うから、オフィサーなんて似合わない!」

 ほう、いいところを衝いてくる。

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