キャリア

名デザイナーも経営には苦戦 高田賢三さん、苦い経験も学びに

 4日に亡くなった世界的デザイナーの高田賢三さんは、1970年代から80年代前半にかけて服作りにフォークロア(民俗調)などの新しい価値観を次々と取り入れ、世界のファッション界を牽引(けんいん)した。その一方で、自身の名を冠したブランド「KENZO(ケンゾー)」を手放しており、平成19年の産経新聞のインタビューに「経営は難しい。自分は苦手だ」と答えていた。

 高田さんは93年、会社をLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)に売却。当時のフランス人共同経営者との、ビジネス上の意見の食い違いがきっかけだったという。99年秋開催のパリ・コレクションを最後に、「KENZO」ブランドからも離れた。

 「KENZO」の売却を後悔したかどうかについて、高田さんは「それはありますね。でも、物事を前向きに考えるようにしている。自分がモノ作りをするうえで、信頼して経営を任せられるマネジャーがいかに大切か。それは学びましたね」と振り返っていた。

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