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「南海・野村克也捕手」CFで待望の復帰 なんばパークスでギャラリー改修式典

 プロ野球往年の名捕手で昨年2月に84歳で亡くなった野村克也さんの遺品などを新たに展示するため、大阪球場跡地に建つ複合商業施設「なんばパークス」(大阪市浪速区)内の「南海ホークスメモリアルギャラリー」がリニューアルされ、14日にオープニングセレモニーが行われた。これまでギャラリーに名前がなかったレジェンドの「里帰り」に関係者やファンは「長年の夢がかなった」と喜んだ。

 式典には、野村さんと南海時代にバッテリーを組んだ江本孟紀さん=サンケイスポーツ評論家、野村さんの孫で日大野球部1年の忠克さん、大阪市の松井一郎市長、京丹後市の中山泰市長、南海電気鉄道の遠北光彦(あちきたてるひこ)社長、産経新聞社の飯塚浩彦社長らが出席した。

 まずは、野村さんがつけた背番号19の南海ホークスのユニホームを着た「江本投手」と「忠克捕手」が、かつて大阪球場のマウンドとホームベースがあったことを示す場所で始球式。江本-野村の黄金バッテリーが「復活」したが、江本さんはまさかの暴投で「肩に力が入った」と苦笑い。

 江本さんは「野村さんの展示がないのはおかしかった。肩の荷が下りた」とあいさつ。ギャラリーの改修にあたって「おかえり!ノムさん 大阪球場(なんばパークス)に。」と題したプロジェクトによるクラウドファンディングで支援金を募り、2388人から目標(2千万円)の倍以上の4354万1500円が集まったことについては、プロジェクトの発起人として「野村さんに大阪に帰ってきてほしいと思っていた方がいかに多いかわかった」と感謝した。

 忠克さんは「自分にとっては優しいおじいちゃんだった。祖父がたくさんの方に愛されていたことを感じた」と話した。

 なんばパークスは野村さんが南海時代に本拠地とした大阪球場の跡地に建つ。昭和52年に野村さんが監督を解任された経緯などがあり、これまでギャラリーでの展示がなかった。リニューアルで野村さんが実際に着用したユニホームやノックで使ったバット、記念ボールなどを展示に加えたほか、館内映像を一新、外観も大阪球場をイメージしたデザインに生まれ変わった。式典の後、さっそく一般観覧が始まり、野村さんのファンだったという男性は「戻ってきてくれてうれしい。できれば生きているうちに帰ってきてほしかった」と話していた。

 「南海ホークスメモリアルギャラリー」はなんばパークス9階にあり、入場は無料。

 京都府京丹後市出身の野村さんは峰山高から昭和29年に南海へテスト入団。強打の捕手として活躍し、40年に戦後初の三冠王を獲得。45年から52年までは兼任監督を務めた。ロッテ、西武を経て55年に現役引退。その後、ヤクルト、阪神、楽天で指揮を執った。現役時代の主なタイトルは最優秀選手5度、本塁打王9度、打点王7度、首位打者1度。監督としてはリーグ優勝5度、日本一3度。平成元年に野球殿堂入り。昨年2月11日、虚血性心不全のため84歳で死去した。

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