高論卓説

世界は「村の行動原理」を認めない 政治家に求められる意識のアップデート

 日本はいまだに村の構造を社会の基盤とし、その長(おさ)は男性と決まっている。終戦の年の暮れ、「改正衆議院議員選挙法」が公布され女性の国政参加が認められたが、現状、女性の衆議院議員は10%ほどだ。世界順位は164位(下院ベース)で、女性総理は生まれていない。政界では特にそうした状況が男性政治家の意識のアップデートを妨げ、村の行動原理が維持されている。そこで、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長を辞任した森喜朗氏の発言を引きながら、オリンピズムとは相いれない村の行動原理を示してみたい。(井上洋)

 発言の1つ目は、「女性理事を選ぶというのは、日本は文部科学省がうるさく言うんでね」である。これは新しい潮流への反発である。変化を嫌うのが村長の特徴であるが、森氏は総理まで務めたため、かつて僕(しもべ)であった行政の一部門に指示されたくない、上への無礼だという意識もあるようだ。組織委会長は当然、五輪憲章に規定される「良い模範」たるべき存在だが、過去に就いた地位を振りかざすようでは、その任にはふさわしくない。

 2番目は問題とされた「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」である。これは女性蔑視というよりも、組織運営上のガバナンスを軽視したものである。理事は今日、団体組織において善良な管理者としての注意義務が課せられているが、理事の発言で時間がかかるといい切ってしまうトップがいる組織がまさに村である。

 3番目は、「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手を挙げて言われると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね」である。森氏は、女性の特質を見抜いたつもりだろうが、競争意識に男女差などない。戦後、日本をリードした男性中心の社会では激しい競争が繰り広げられ、森氏もその競争に勝利して総理にまでなった。そもそもスポーツは、フェアプレー精神を基本に競う場である。

 4番目は、「組織委にも女性は7人くらいおられますが、みんなわきまえておられて」である。これは「素直に聞く子は良い子だ」といっているのに等しい。村の中の女性を従属させようとする長の意識である。これこそ女性蔑視であり、五輪憲章の「いかなる差別も受けることなく」という規定に反する。

 森発言に対する世界からの激しい批判により、私たちはこれまでの日本社会なら見逃されてきたことが、グローバルには認められないという現実を突き付けられた。しかし今日、日本の若者は世界中のあらゆるメディアからさまざまな情報を得て、知見を深める努力をしている。

 多様な活動や価値観に触れる中でアイデンティティーを確立し、新しい領域へと足を踏み入れていく。世界で活躍するアスリートたちはその代表格である。

 いつの時代でも、ゲームチェンジャーは若者である。例えば、オンライン上に開かれている「サロン」では、若者が主宰し、年齢、経歴、性別を問わず誰もが対等に議論できる場が用意されている。そこでは、社会をより良いものにするために何ができるか、未来はどう変えられるかのアイデアで評価が決まる。

 政治家はそうしたサロンに参加し、若き変革者、インフルエンサーたちの声に耳を傾けてみてはどうか。それにより、党内の議論や関係団体からの要望では決して得られないものが得られる。その結果、自身の意識はアップデートされ、多様な価値観を理解できるようになる。政治家には柔軟かつ謙虚な気持ちで、最先端の知見に触れてほしい。

【プロフィル】井上洋 いのうえ・ひろし ダイバーシティ研究所参与。明大講師。早大卒。1980年経団連事務局入局。産業政策を専門とし、2003年公表の「奥田ビジョン」の取りまとめを担当。産業第一本部長、社会広報本部長、教育・スポーツ推進本部長などを歴任。17年退職。東京都出身。

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