キャリア

大阪のコロナ対策、迅速指揮したキーパーソンは「パパっと要点を話す」

 東京五輪・パラリンピック組織委員会前会長の森喜朗氏の発言をめぐる混乱のさなか、大阪府の吉村洋文知事が引き合いにした女性幹部が注目されている。吉村知事の右腕として、新型コロナウイルス感染症対策を統括する藤井睦子健康医療部長。昨春の「第1波」の際、感染者の病状に応じて入院先を調整するために設置された「入院フォローアップセンター」の発案者だ。約330人の対策班を率いる自称「いらち」(せっかち)の横顔に迫った。(吉国在)

 藤井部長の存在がクローズアップされたのは、2月4日。吉村知事が記者会見で、森氏が指摘した会議での話の長さについて「男女差はない」とした上で、藤井部長を名指しし「非常に優秀で要点をとらえた話をパパッとする」と語った。

 吉村知事にこう言わしめる藤井部長は京都大教育学部を卒業後、昭和61年に大阪府に入庁。教育総務企画課長や財務部次長を歴任し、平成27年に府立病院機構の事務局長に就いた。医療分野のポストはこれが最初で、現職の健康医療部長は29年4月から務める。

 森氏の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」との発言などどこ吹く風とばかりに、吉村知事への報告では「政策決定の判断材料を正確にスピーディーに上げることを心掛けている」という。

 迅速な政策決定の一例として、府が全国に先駆けて昨年3月に設置した「入院フォローアップセンター」がある。

 当時1日あたりの府内の感染者は数人だったが、大阪市内の複数のライブハウスでクラスター(感染者集団)が発生し、感染者が市内で相次いだ。今と違い、無症状でも全員入院する運用だったこともあり、市内の医療機関が備える感染症用の病床だけでは対応できない事態が生じていた。

 本来、入院調整を担う保健所は府内全体の病床の空き状況をリアルタイムで把握できない。「府が広域調整するしかない」。藤井部長は3月10日ごろ、地域保健課参事で医師でもある浅田留美子さん(現センター長)に広域調整の話を持ち掛けた。

 浅田さんが業務フローや態勢の素案を作り、同13日に健康医療部にセンターを設置。モデルはなかったが発案の前提として、昨年1月末以降、府内の政令市や中核市を含む感染者情報を府が集約していたことが“布石”となった。

 藤井部長は浅田さんを選んだ理由について「臨床経験が長く、医療の現場をよく分かっていた」と説明。浅田さんは「えらいことを引き受けたかもしれないと思ったが、やるならすぐやったほうがいいと思った」と振り返った。

 自身を「いらち」と称する藤井部長らしさが垣間見えたのが、昨春に府直轄のドライブスルー方式のPCR検査場を開設したときだ。

 府内の検査場所が足りず感染が疑われる人が「検査待ち」となり、昨年4月17日の金曜、藤井部長は翌週にもドライブスルー検査をできないかと職員に提案。検査場の開設に必要なマニュアルは「今日中につくらなあかん」と指示し、同23日には検査が始まった。

 「作業の締め切りは明示するが、最初から百点満点の案を持ってこいとは言わない。段階を追って筋道をつけてくれる」。部下の職員はこう話す。

 今でこそ週末はほかの幹部と交代で出勤している藤井部長だが、感染第1波のころは土日も休まず登庁していた。「結構頑健なんですよ。心も体も」と笑う。

 それもそのはず、コロナ禍の前は大阪マラソンを完走したり、府内の各保健所を視察した後、職員の慰労会を開いたりすることも。部下の職員は「毎日飲みに行けるスタミナがある。それでいて、お弁当は毎日きっちり作っているような親しみやすさもある」と打ち明ける。

 コロナとの闘いが始まって1年余りが経過し、府の対策班は23チーム約330人にまで膨らんだ。大所帯を率いる藤井部長は「どのチームも自分たちで判断して動いてくれるので、仕事が早い。非常事態で鍛えられている」と評価する。

 その上で「自分自身は全力で一生懸命に仕事をするのが信条。対策が遅れたら命に関わることを常に念頭に置き、コロナ患者を受け入れてくれている病院のノウハウを共有して次の感染の波に備えたい」と決意を語った。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus