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「人生の主人公は自分である」 生きること自体を楽しむイタリア人 (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 (はじめから、そうするつもりでもあったが)たまさかイタリアに長く住んでしまったので、日本の人からもイタリアの人からも、「イタリアの生活ってどう?」と何気なく聞かれることはとても多い。会話のネタがなくて聞くこともあるだろうから、ぼくもいつも本気で答えるわけではない。 

 日本の人からよくあるアイテムでは「イタリア人って生活を楽しむのでしょう?」という確認にも似た質問である。「日本の生活と違って気楽でいいね」という(聞いている本人には自覚のない)毒を含んでいることが透けて見える。

 日本語でいう生活は「日々の生活」を指している。他方、イタリア語の生活は人生と同じ言葉(VITA=ヴィータ)であるから、イタリア人が「ヴィータを楽しむ」とは生きること自体を楽しみ、そして日々の事細かいことにも面白さを積極的に見いだそうとする姿勢からくる。

 語ろうとしている対象の広さが違う。それをいちいち注釈をつけて説明するのも億劫だし、聞いた人もそこまで厳密に知りたいわけではないだろうから、「まあね、楽しんでいるみたいですね」と適当に流すしかない。

 半ば確信犯的に「誤解を生む」当事者になるのである。だから、ここではもう少し誠実な回答をしておきたい。

 上記をどこから話すべきかといえば、「人生の主人公は自分である」という考え方が徹底している点からではないか。他人のために生きるのではなく、自分のために生きるのであるから、自分の想い通りに軌跡をつくっていきたいと考えるのがごく自然である。

 そして最終アウトプットではなくプロセスとしての面白さを追求していけば、一瞬一瞬こそが大切だと思えてくる。良いことがあれば自ずと笑みがこぼれるのは当たり前だ。

 逆に「楽しまない」という考え方にこそ無理がある。本人の意思の問題なのだ。

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