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新型日産フェアレディZ あえての“オールドスクール”に込める真価とは (1/3ページ)

秋月涼佑
秋月涼佑

 「人はパンのみにて生きるにあらず」とは言いますが、ならば「パン以外の何をもって人は生きるのか」と聞かれると途端に答えは混沌としてきます。間違いなくその答えは人それぞれの価値観によって変わってくるに違いないわけですが、こと個人的な現在の心象風景を言えば自分が年をとったのか、日本の社会が年をとったのか、多分その両方で子供の頃持っていたはずのあのいつも期待感にワクワクするような気分はどこかに消えてしまったようです。

 ちょっと大げさなようですが、自動車というプロダクトのブランディングやマーケティングを考えるときにはいつもそんな大それたような自問自答してしまいます。個人が購入する商品として不動産を除けば通常一番高い買い物でもありますし、かなりの速度さえ誰でもが簡単に出せて、時に舗装されていない道さえ走破でき、たくさんの荷物も載せられる。

 しかも、快適な室内空間は予算次第で飛行機のファーストクラスをもしのぐほどまでの世界観を提供してくれ、さらには今やネットとつながったインフォティメント搭載も当たり前あらゆる情報を検索可能、その上音場を最適化されチューニングされたオーディオオプションは最高のリスニングルームにさえなるのです。

 その機能や、文化を深く反映したデザインやコンセプトの多義性を考えるとき自動車をプロダクト界のオペラと呼んでもあながち誇張が過ぎるとは言えないように思っています。

 そんな一言では表しようがない自動車の魅力ではありますが、少なくとも自動車を開発する方の人々は、その魅力の核心にまさに自動車を運転し走らせること自体の楽しさ、悦びがあると考えています。何の目的もなくただドライブし、ツーリングすることにこそ自動車の本質的な魅力があるに違いないと確信しているのです。日本自動車工業会会長にしてトヨタ自動車社長の豊田章男氏がレースウェアにヘルメットで本格的な自動車レースに参戦し、走ることの本質を追求する姿勢を見せる意味は決して伊達ではないのです。

 自動車会社はそんな核心を“Fun to drive”“駆けぬける歓び”など広告史に残るタグラインでなんとか生活者に伝えようとたゆまぬ努力をしてきました。でも哀しいかな、自動車離れなどと言われて久しく、モータリゼーション初期やスーパーカーブームの時代に生活者が自動車に抱いていたワクワク感は年々忘れ去られ、自動車の購入と言う行為自体が、維持費も高くバカげた浪費だとさえ断じられかねないような空気さえ漂い始めたのでした。

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