終活の経済学

墓じまい(1)「供養の放棄」ではない

 ■基本的には「お墓の引っ越し」

 「墓じまい」という言葉が普及したのは、わずか5年ほど前のこと。子供がいないなどの理由で、墓の継ぎ手がいなかったり、墓のある場所から離れて暮らしていたり…。先祖代々の墓を閉じることや、引っ越しすることを考える人が増えている。

 ◆遺骨は捨てられない

 「墓じまい」とは、「墓を解体して元の状態の更地に戻す」ことを指すのが一般的だ。

 「墓じまいが増えている」と聞くと、あたかも墓を持つことをやめてしまって、遺骨をどこかに処理してしまい、供養すること自体を放棄する人が増えたように誤解する人がいる。

 しかし、遺骨を勝手に捨てたりすることはできない。遺骨は次の場所に安置する必要がある。それも新旧の墓の管理者や自治体から証明書を発行してもらうなどして、ようやく墓を更地にすることができるのだ。

 厳密にいえば、「墓じまい」という言葉は、「いまあるお墓を閉じて、遺骨を新しい場所に引っ越して供養する」という一連の流れ(「改葬」という「お墓の引っ越し」)のなかの、「お墓を閉じる」という部分だけを指す言葉ということになる。

 とはいえ、最近では引っ越しまでの全てのプロセスを含めて「墓じまい」というケースも多い。今回の「終活読本ソナエ」の企画でも原則的には、「墓じまい」=「お墓の引っ越し」=「改葬」として考えてみたい。

 忘れてはいけない肝心なことは、「墓じまい」=「遺骨の放棄」ではないという点だ。

 ◆件数は右肩上がり

 「墓じまい(統計上は「改葬」)」がどのくらい行われているのか。これは厚生労働省の統計「衛生行政報告例」で把握することができる。

 それによると、墓じまいの件数はこの10年ほど、ほぼ右肩上がりに増えている。2008年度は7万2483件であったところ、17年度では10万4493件と、10年間で44%も増加した。

 詳しくみると、墓の所有者が分からない「無縁墓」の改葬件数を除いた、“所有者による意識的な墓じまい”の件数は、08年度には6万8059件だったものが、17年度には10万1109件と48%も増えている。

 都道府県別にみると、人口が多いこともあってか都市部では総じて件数が多い一方で、人口比を考慮したとしても、北陸地方は墓じまいが少ないことが明らかに見て取れる。

 墓じまいの要因として指摘されているのは、「少子化や未婚率の上昇」などを背景に「墓を守り継ぐ人がいない」という人が増えてきたという事情だ。ほかにも「墓のある場所が遠く、経済的にも心理的にも管理の負担が大きい」といった人が墓じまいをするケースも増えている。仕事の関係で、郷里の墓から離れた場所で暮らしたり、郷里の異なる長男、長女が結婚したりしたことで、どちらかのお墓が遠方にあるという事例も少なくない。

 石材業者らの業界団体「全国石製品協同組合」が経験者に実施したアンケートによると、墓じまいの理由は、「承継者がいない」が62.8%と全体の6割以上を占め、次いで「お墓が遠い」が17.5%となっている。

 子供がいるにもかかわらず、「墓のことで負担をかけたくない」という価値観から墓じまいを考える人も増えている。そういう人は、墓のことだけでなく、葬儀もシンプルなものを選びがち。多くの供養業者の話では、いま終活の必要性に迫られつつある「団塊の世代」にそう考える人が多いようだ。

 調査会社の「楽天インサイト」の調査では、お墓を持っている人の23%が「墓じまいを考えている」という結果も出ている。回答者(1000人)が持っているお墓を種類別にみると、「一般墓」が41%を占めており、しっかりした墓を持っている人の中に、墓じまいを考えることが多いという傾向が浮かび上がってくる。

 ◆消極的な選択肢

 身近な問題となりつつある墓じまいだが、多くの人にとっては、消極的な渋々の選択肢であるようだ。

 葬儀・お墓・終活ソーシャルワーカーであり、『ゼロからわかる墓じまい』(双葉社)を著書に持つ吉川美津子さんは相談を受ける中で次のような傾向を見いだしている。

 「墓じまいというと供養を放棄することとも捉えられますが、実際には子供に負担をかけたくないが、ご先祖をないがしろにしたくないから墓じまいをするという方がほとんどのように思う。供養への気持ちがないがしろになっているわけではない」

 墓じまい後の遺骨の安置場所についても、「後継者がいなくても、個別の墓を丁寧に建てる方法はないのか」という声もよく聞くという。

 それを裏付けるように、年間数百件のお墓の引っ越しを請け負う「メモリアルアートの大野屋」によると、いまの墓を更地にした後の遺骨の受け入れ先として、「合葬墓」や「納骨堂」などでなく、伝統的な「個別墓」の需要も依然として高いという。

 同社お墓ディレクターの西村栄之介さんは、「今年オープンした長明寺小金井墓園(東京都小金井市)は、お墓の承継者が途絶えたら永代供養墓に遺骨を移すことができ、その際の墓石撤去などの費用がかからない。子供への負担をかけず、将来の心配もない新しい仕組みで、個別墓に消極的だった方にも前向きにお墓を建立することもできる。個別のお墓で丁寧に供養したいと考えている方は、実は多くいる」と話している。(『終活読本ソナエ』2019年秋号から、随時掲載)

                  ◇

【用語解説】墓じまい

 墓を解体し、更地にするなど元の状態に回復させたうえで、土地の使用権を管理者に返還すること。改葬(墓の引っ越し)の流れにある1つの過程の一つ。ただ、一般的には「墓じまい」といいながらも、「改葬」「お墓の引っ越し」までを指して使われることが多い。

                   ◇

【用語解説】改葬

 元の墓を更地にしたうえで、遺骨を別の墓や納骨堂などに移して安置する一連の過程のこと。いわば墓の引っ越し。「墓地、埋葬等に関する法律」(墓埋法)では、「収蔵した焼骨を、他の墳墓又は納骨堂に移すこと」と定義されており、改葬許可証がないと行うことはできない。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus