論風

中国国家主席への質問状 人類運命共同体の理念はどこへ

 香港の民主主義を弾圧し、その一国二制度の崩壊を推し進める中国の強硬手段は世界の反発を買っている。「人類運命共同体」を提唱した同じ中国のやることとは考えられない。習近平国家主席にお聞きしたい。あなたはこの運命共同体論で、東洋思想の一つの原点である儒教に立ち返り、四民平等、民族自決、利己的でない公平な大同社会を人類に及ぼそうと考えたのではないでしょうか。そうであれば、その理想に反する、香港人の主張、少数民族や周辺国家の独自の歩みを、強権で踏みにじる覇権主義を、即刻修正しなければならないのではないでしょうか。(世界のための日本のこころセンター代表・土居征夫)

 儒学見直しの動き

 中国は今、経済社会の精神基盤として古代以来の思想伝統である儒学を見直す動きを強めている。中国では、清国の末期の康有為らの変法自強運動も、孫文らの辛亥革命も、明治維新の改革を成功させた日本と同様に、従来の朱子学や法家の専制政治から脱却し、大同社会を目指してより民主的な方向に舵(かじ)を切った動きであり、その背景に陽明学の視点が強く感じられる。

 現在の中国では、真の歴史的大国になるには軍事力・経済力に加えて、ギリシャ以来の西欧哲学に匹敵する思想的バックボーンが必要との考えから、習近平氏による儒教の復活が試みられている。当面は、新型コロナウイルス騒ぎで一層顕在化した現在の欧米の混乱を見て、自由に最高の価値を与える西欧民主主義の導入が、秩序を乱し国内分裂、共産党崩壊につながるとの懸念を一層強め、まずは秩序を確立するため、春秋戦国時代を統一に導いた秦の支柱となった荀子や法家の思想、すなわち秩序を優先する考えが採用されつつあるのではないか。

 ただ一方で、習近平路線は、一帯一路に加え、「人類運命共同体」構想など、第三世界の支持を得つつある大同社会的ビジョンも提起している。太子党の習は下放時代に父の影響で中国の古典を読み漁(あさ)った由で、自身は陽明学を重視しているとの観測もある。

 4年前には1000人を上回る学者と政治家及び企業家らが一堂に会し、「陽明心学及び人類運命共同体」の国際シンポジウムが開催され、その際、陽明心学、特に「万物一体の仁」は現代世界を救う良薬であるという議論が中心であったという。また中国の学会や産業界では、陽明学の義利合一論に立つ渋沢栄一が評価され、中国では「論語と算盤」が版を重ねているという。中国の企業人には、渋沢のほか、松下幸之助、稲盛和夫などの日本型経営哲学への評価も高い。

 東洋思想対話の提案

 現在、東アジアには日中韓3国の間でさまざまな交流の場が残っている。しかし、関係者が限定された既存の官や民のこれまでの交流では、両国の国民各層に広がる力、現実の政治を動かす力を生じるものかは疑問の余地が残る。新型コロナ後というパラダイム変換の機会に、互いの国益を踏まえつつも戦略的互恵関係を目指す、両国の政治の中枢を見据えた連携プロジェクトが必要であり、人類運命共同体というコンセプトを打ち出した中国に対し、「万物一体の仁と無私」をテーマとして、両国民の精神文化の「良知」、「共通善」の結集を図るプロジェクトが提案される必要がある。

 中国には儒教の本家意識があるとも考えられるが、明から清への政権交代により、以後中国で廃れた陽明学は江戸時代の日本で大きく花開き、明治以降の日本の発展につながった面がある。その意味では陽明学を含めた日本の精神遺産(日本のこころ)こそ東アジアの新しい儒学の建設に大きな貢献をなしうる力を持っていると考えるべきであり、そのような形で、中国、韓国に対しては、本来の性善説に立脚した孔子・孟子や朱熹・王陽明の儒教への見直しを迫ることにより、今後の東アジア諸国民のさらなる民主的で自由な社会への展開につなげる歴史的貢献ができるのではなかろうか。

【プロフィル】土居征夫

 どい・ゆきお 東大法卒。1965年通商産業省(現経済産業省)入省。生活産業局長を経て94年に退官。商工中金理事、NEC常務を経て、2004年以降、企業活力研究所理事長、学校法人城西大学特任教授などを歴任。19年2月から現職。日本信号顧問。武蔵野大学客員教授。東京都出身。

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