時速360kmの超高速車両も受注…世界の鉄道市場で日立が存在感を発揮するワケ

東海道新幹線が誕生したのは半世紀余り前の1964年。世界初の高速鉄道だった。だが日本は高速鉄道ビジネスをめぐる国際競争で出遅れる。高品質がゆえにコスト面で不利に働いた面もあった。その日本の鉄道車両メーカーが今、競合他社の牙城を崩し、欧州で次々と大型案件の受注に成功している。世界の並み居る車両メーカーを抑えたのは、鉄道事業100年の歴史を有する日立製作所だ。昨年には最高時速360キロの超高速車両も受注。日本の車両メーカーの中でも日立の存在感は際立っている。日立が躍進した理由は何だったのか。

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英国グレート・ウェスタン鉄道(GWR)の高速鉄道車両「Class800」(日立製作所提供)

エリザベス女王「大変快適だった」

2017年6月13日。この日は日立の鉄道事業にとってエポックを画する日だったに違いない。鉄道発祥の地、英国のエリザベス女王が日立製の高速鉄道車両「Class800」(800形)に乗車した日だからだ。「大変快適だった」。女王はこんな感想を述べたという。

1842年にビクトリア女王が英王室として初めて鉄道で旅行したことにちなみ、グレート・ウェスタン鉄道(GWR)を走ったメイド・イン・ジャパンの車両には「Queen Elizabeth II」の文字が刻まれることになった。

「世界の鉄道市場は価格面での競争が激しく、日本の車両メーカーは価格競争力の面で難しい立場にありますが、日立はモーターや制御機器、電気機器をすべて自社製でそろえることができます」

世界市場で受注攻勢を仕掛ける日立について、鉄道ジャーナリストの梅原淳さんはこうみる。Class800は日立が英国の都市間高速鉄道計画(IEP)向けに製造した新型車両で、電化されていない区間が残る路線にも対応しているのが特徴。ディーゼルエンジンによる発電システムを搭載し、架線で電力供給が受けられる電化区間と非電化区間のそのまま直通運転できるようにしたのだ。

最高運転速度は時速125マイル(201キロ)。公衆無線LAN設備や、施錠できる自転車収納スペースなども設けられている。導入される鉄道路線によっても異なるが、ビュッフェや調理スペースを備えた車両もある。たとえばGWRのファーストクラス(1等車)では、「プルマンダイニング」という本格的な食事を楽しむこともできる。

1兆円超のビッグプロジェクト

しかし驚くべきは、日立が受注した車両数だ。実に866両にも及ぶ。その車両供給と27年半にわたる保守業務を一手に受注。総事業費は約76億ポンドに上る。日本円で1兆円を超える英国史上最大級の鉄道プロジェクトで、英国運輸省主導で車齢30年超の老朽車両を順次Class800に更新する計画だ。GWRだけでなく、ロンドンと各都市を結ぶ高速列車の老朽車両が近い将来、日立の車両に置き換わるのだ。

梅原さんは「日本のメーカーでは、川崎重工業や日本車両はモーターや制御機器、電気機器を作っていませんので、三菱電機や東芝の製品を使うことになります。これらが車両コストの半分くらいを占めていますので、自分のところで一体化して製造できる日立は競争力を高めることができるのです」と話す。

日本円で1兆円を超える英国の都市間高速鉄道計画(IEP)で日立が受注した高速鉄道車両(日立製作所の資料より)

Class800の最初の12編成は山口県下松市にある笠戸事業所で製造されたが、以降は英国ダーラム州ニュートン・エイクリフの鉄道車両工場で製造されている。2015年5月からは英国の東海岸を走るロンドン・ノース・イースタン鉄道(LNER)でも運行を開始。Class800の高速列車は「Azuma」と名付けられた。日本語の「東(あずま)」に由来する名だ。

ロンドンとエディンバラを結ぶClass800の最速列車に「フライング・スコッツマン(空飛ぶスコットランド人)」の愛称が受け継がれたことも特筆すべきだろう。19世紀から続く伝統の称号だからだ。動画投稿サイトには英国民の乗車レポートがたくさん上がっている。残念ながら座席は日本製ではなく、「シートピッチは広いが硬い」といった反応がみられるが、車両自体の評判は上々のようで、特に「バイ(デュアル)モード」で電化区間も非電化区間も走行できる点や、従来型車両に比べ加速性能が格段に上がった点を評価する声が目立つ。

英国民を驚かせた日本企業の仕事ぶり

「ペーパートレインと言われた時期もありました」。日立の関係者はこう振り返る。入札に相次ぎ敗れ、書類には登場するものの、実際に姿を現すことがなかったため、こう揶揄(やゆ)されることもあったようだ。ペーパートレインから脱却する転機となったのが、2009年から営業運転を開始した「海峡連絡線(CTRL)」の高速車両174両の受注だった。英国独自の規格に対応するため実証実験を繰り返すといった地道な努力を積み重ねてきた成果でもあった。

海峡連絡線(CTRL)で日立のClass395は最高時速140マイル(225キロ)で走行する(日立製作所の資料より)

ロンドンと英仏海峡トンネルの入り口のアシュフォードを結ぶCTRLに導入されたのは、最高時速140マイル(225キロ)を誇る「Class395」。それまで83分かかっていたロンドン-アッシュフォード間を半分以下の37分に短縮したが、何より英国民を驚かせたのは、車両メーカーがきちんと納期を守ったことだったという。

日立によると、英国では納期遅延が恒常化しており、納期を守る方が“異例”だったというのだ。Class395は契約納期より半年早く営業運転を開始。2010、11年の記録的な大雪でも運行を確保したことで英国民の大きな信頼を勝ち取ることになったのだ。ただ、納期を守るのは日本企業の車両メーカーであれば当たり前のことともいえる。ではなぜ、日立の受注が際立っているのか。

梅原さんは「高速車両は気密性の点からステンレス製では難しいのですが、日立は軽量で気密性の高いアルミ製の車両を作るのが得意なのです。車体を効率的に作る技術『A-train』という規格を持っていて、大量生産を得意としています。製造価格を安く抑えられるので、購入する側に喜ばれるということになります」と指摘する。

日立の「A-train」がベースとなっている相鉄20000系車両。英国の高速鉄道車両と共通の車体構造だ(SankeiBiz編集部)

A-trainは「ダブルスキン構造」と呼ばれる骨組み無しでも強度を確保できる構造で、部品点数を大幅に削減。日本国内の在来線特急などにも多く採用されている。「新線探訪記」の1回目で登場した相模鉄道の「相鉄・東急直通線」向け新型車両20000系も実は日立のA-train。ヨコハマネイビーブルーの車体が目を引く日本の通勤車両も、鉄道発祥の地を疾走する高速車両も、日立のA-trainという共通点があったのだ。

“赤い矢”が取り持つ奇妙な縁

英国で信頼と実績を積み重ねた日立の高速車両だが、最高速度だけみれば、フランスの「TGV」やドイツの「ICE」と比べ見劣りしてしまう。Class800は踏切のある在来線を走行するほか、信号システムが区間によって異なるといった制約もあり、そもそも環境が異なるとはいえ、である。1964年10月の東海道新幹線開業以来、乗客の死傷事故ゼロ。安全性や定時運行、快適性を支えてきた高い技術水準は世界に誇るべきものだ。さはさりながら、高速鉄道の国際競争では、とかくその最高速度が注目されるのもまた事実である。

リニアモーターカーを除くと世界最速の高速鉄道は中国の最高時速350キロ。2011年7月に浙江省温州で起きた追突事故後はしばらく最高時速を300キロに落としていたが、最高時速400キロの走行も可能とされる新型車両によって安全性が向上したとして、350キロに戻った経緯がある。日本国内では東北新幹線「はやぶさ」「こまち」の時速320キロが最速だ。

欧州最速の最高時速360キロを誇る「Frecciarossa1000」の車両イメージ(日立製作所のニュースリリースより)

最高時速360キロ。そんな欧州の超高速列車も日立製となることが決まった。日立はイタリアの鉄道運営会社トレニタリアと高速車両「Frecciarossa1000(フレッチャロッサ1000)」を受注。23編成を約8億ユーロ(約1000億円)で契約した。日立とボンバルディアのグループ会社がイタリアで設計、製造。2022年中にスペインで運行が始まる予定で、赤を基調とした流麗なデザインがイタリアのスポーツカーを想起させる。「Frecciarossa1000は速度も速く予算も大きい。日立が持っている新幹線車両の製造技術を十分に投入できます」と梅原さんも期待する。

ちなみに、 Frecciarossaはイタリア語で「赤い矢」という意味らしい。赤い矢と聞いて、そういえば、日本にもそんな名の特急列車があったと思い出した。西武鉄道の特急「レッドアロー」である。実は現役を引退した初代レッドアローの5000系も、2代目となる「ニューレッドアロー」の10000系も日立製。奇妙な邂逅(かいこう)というべきか、洋の東西を問わず、“赤い矢”の特急を日立が作ることになったのだから不思議な縁である。

乗客の需要に応じた自動運転

鉄道車両メーカー最大手は中国中車(CRRC)。これに欧州のシーメンス(ドイツ)とアルストム(フランス)が続き、この3社で鉄道「ビッグスリー」といわれる。その一角、アルストムが昨年2月、ボンバルディア(カナダ)の鉄道事業を買収することで合意。欧州連合(EU)欧州委員会は7月、買収を条件付きで承認すると発表した。アルストムとシーメンスの鉄道事業統合計画もあったが、こちらは欧州委員会が競争を阻害し消費者に不利益をもたらす恐れがあると判断して却下された過去がある。世界の鉄道車両メーカーではこうした合従連衡の動きが活発になっている。

日立の鉄道事業の売上収益は5803億円(2019年度)。海外比率は79%に達する(日立製作所の資料より)

規模拡大を生かした価格攻勢を仕掛けなければ、世界市場での受注競争に太刀打ちできない。事業規模はビッグスリーには及ばないものの、日立も買収を進めている。2015年にはイタリアの鉄道車両メーカー、アンサルドブレダを買収。鉄道信号大手のアンサルドSTSも連結子会社に加えた。日立の鉄道事業の売上収益は5803億円(2019年度)。海外比率は79%に達する。

梅原さんは「日立は鉄道用の信号機や保安設備の輸出も行っており、インドのデリーやトルコの地下鉄で採用されています。日立は欧州の基盤が弱かったのですが、イタリアのアンサルドブレダ買収を足掛かりに、スペインの工場でも車両を製造しています」と語る。

日立のグループ会社「Hitachi Rail STS(日立レールSTS)アメリカ」は、米国カリフォルニア州にあるサンフランシスコ・ベイエリア高速鉄道公社の列車制御システム更新事業を7億9800万ドル(約830億円)で受注。2029年の完成を予定している。

駅に設置したセンサーで乗客数を分析し、増減に応じて運行本数を自動で決めるシステムも開発。デンマークのコペンハーゲンメトロで行われている実証実験では、最適なタイムテーブル(時刻表)を自動的に生成し乗客の需要に応じた自動運転の実現を目指すなど新技術事業にも挑んでいる。

鉄道車両製造100年の節目

日立は「鉄道システムにおけるトータルソリューションのリーディングカンパニーとして、気候変動や都市化など多くの課題解決に貢献するとともに、さらなる成長をめざしていきます」と意気込む。

日立の鉄道事業の歴史は昨年、ちょうど100年の節目を迎えた(日立製作所の資料より)

世界有数の「災害大国」でもある日本の厳しい自然条件の下で、日本の高速鉄道技術は世界に誇る進化を遂げてきた。2011年3月の東日本大震災で東北新幹線は高架橋や架線など1000カ所以上が被害を受けたものの、乗客の死傷者は1人も出ていない。安全性や定時運行、快適性を支えてきた高い技術力は間違いなく世界トップクラスだろう。あとは、熾烈な価格競争を乗り越えられる車両メーカーとしての総合力が問われているともいえる。

完成直後のClass800の車体は白一色。貸与先の鉄道会社でラッピング塗装が施される(日立製作所提供)

1920年に蒸気機関車の製造に着手した日立。その鉄道事業の歴史は昨年、ちょうど100年の節目を迎えた。鉄道発祥の地でありながら、高速化で後(おく)れを取った英国では今、イングランド地方の南北の主要都市を最高時速360キロで結ぶ高速鉄道計画「ハイスピード2(HS2)」が浮上している。日立も当然、Class800、Frecciarossa1000に続くHS2の受注を狙っている。

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