名物は「羊の脳みそバーガー」…反米イランにある“マシュドナルド”の意外な人気ぶり

    PRESIDENT Online

    ドイツでの運命的な出会い

    マクドナルドとの出会いは40歳を過ぎたころ。ドイツに旅行中、チェーン店舗の一つにふらりと立ち寄った。ハンバーガーを口にしてみると、予想以上にうまい。3個をぺろりと平らげ、翌日にすかさず再訪した。同じように3個注文すると、レジの店員は訳知り顔で接客対応し、特別サービスで3個目は無料にさせてもらいたいと申し出た。

    どうしてなのか店員に詰め寄らなければ、真相を知らされることはなかっただろう。前の日の豪快な食べっぷりに惚れ込んだ店長が「もし彼が再訪することがあれば、素敵な体験をさせてあげて」と内々に取り計らっていた。

    ハッサンは小粋な演出に感動した。結局、ハンバーガーと店の雰囲気を目当てに4日連続で通い詰めた。

    「何とかして、マクドナルドの最後の空白地帯を埋めてやることはできねえか」。イランに帰国後、店をオープンしたいとの願望が頭をもたげた。

    オープン翌日に放火され、即営業停止

    反米のイスラム体制下、マクドナルドは言うなれば「悪魔のシンボル」。相当な経営リスクがあるのは想像に難くない。

    元々、なりわいはナッツ農場経営で、飲食業界で働いたキャリアがあるわけでもなかった。それでも、思い立ったが吉日。習うより慣れよ。我流で準備を重ね、十数年前に看板を掲げた。

    関係当局や保守強硬派からの風当たりは推して知るべしだ。革命黎明期、マクドナルドのそっくり店舗はオープン翌日に放火され、営業を停止した。

    1990年代、あるハンバーガー店は「M」のマークを広告に用いただけで脅迫電話が殺到し、閉鎖に追い込まれた。最高指導者ハメネイでさえ、ブランドそのものを名指しで指弾したことがあった。

    「俺はマクドナルドに首ったけ」

    ハッサンはどこまでも突っ張った。「誰に何と言われようと、俺はマクドナルドに首ったけなんだよ」と開き直り、威嚇や恫喝に真っ向から挑んだ。

    ペルシャ語で「素晴らしい」を意味するマシュディから取った店名は、行政手続きで登録不受理となったが、看板はマシュドナルドのまま変えなかった。

    商標権の侵害ではないかと指摘されても「いい宣伝になるだろうが」と譲らなかった。心意気が届いたのか届いていないのか、マクドナルドから抗議はなかった。一難去ってまた一難の繰り返しだったが、連日約200人が訪れる人気店に育て上げた。2号店もオープンする運びとなった。

    羊の脳みそのサンドイッチの味は…

    「さあ、食べてみろ。サービスだ」。銀紙にくるまれた出来たてのハンバーガーを、ハッサンがしきりに勧めてきた。なるほど、マクドナルドの単なる猿まねではないようだ。バンズの焼き加減は絶妙で、挽肉の甘味が口いっぱいに広がった。

    イランの庶民料理に着想を得た「羊の脳みそのサンドイッチ」は、焼き白子のように濃厚だ。いずれもまた食べてみたいと思わせる、オリジナルの味わいだった。

    その場に居合わせた常連客はマクドナルドへの憧れというよりも、ハンバーガーのクオリティーやハッサンの人柄に惚れ込み、店に足を運んでいるようだった。

    ホスピタリティーは本家に並ぶ

    インフレで食材価格が跳ね上がっても、良心的な値段設定に極力変更は加えない。路頭に迷ったアフガニスタン難民を手招きし、こっそりと振る舞う。マシュドナルド成功の秘訣は、本家本元から受け継いだというホスピタリティーにあるのだろう。

    「いいか。政治ってもんはな、人間の胃袋には何の影響も及ぼせねえんだよ」。

    マシュドナルドの運命を握りそうな米イラン関係の行方など、ハッサンはどこ吹く風だ。およそ実現不能に思えるマクドナルドとのフランチャイズ契約に、時が熟せば手を上げてみたいと大風呂敷も広げてみせた。

    自分の正義をとことんまで貫き、とがったセリフを吐いては不敵な笑みを浮かべる姿に、イラン一流の男気が宿っていた。

    新冨 哲男(しんとみ・てつお)

    共同通信記者

    1983年佐賀県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2006年共同通信社入社。大阪社会部、外信部を経て、16年7月から18年8月までテヘラン支局長。現在は政治部で首相官邸を担当。『イラン「反米宗教国家」の素顔』(平凡社新書)が初めての著作となる。

    (共同通信記者 新冨 哲男)


    Recommend

    Biz Plus

    Recommend

    求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)

    求人情報サイト Biz x Job(ビズジョブ)