輝き取り戻した新幹線「500系」 プラレールカー、カンセンジャーで表舞台へ

 

 国内初の営業時速300キロを達成しながら、後継車両への代替わりによって引退目前といわれたJR西日本の500系新幹線が、輝きを取り戻している。最速をうたった華々しいデビューから17年が経過し、各駅停車「こだま」専用の脇役に追いやられたが、子供向け特別列車やキャラクターのモデルとして、表舞台に再登場した。(大森貴弘)

 7月14日朝。博多駅を出発した500系新幹線8両編成の車内に、保育園児の歓声が響き渡った。先頭車両を丸ごと1両、タカラトミーの鉄道玩具「プラレール」で遊べるようにした「プラレールカー」の試乗会だ。

 プラレールカーは、徹底的に子供目線を意識した。1・8メートル四方のジオラマに、子供が線路をつなげて遊ぶスペース、運転台のミニチュアなどを備えた。

 JR西は、多くの小学校が夏休みに入った7月19日から、博多駅午前6時33分発新大阪行きと、新大阪駅午前11時半発博多行きの「こだま」2本にプラレールカーを投入した。

 追加料金は不要とあって、普段は閑散としている「こだま」が、プラレールカーに限っては、乗客であふれかえる。

 人気を追い風に、大手旅行会社は次々に「プラレールカーで行く」と銘打ったツアーの販売を始めた。

 来年3月までの運行だが、すでに定員に達したツアーも多く、JR西の子会社「日本旅行」広報室の木原秀和氏は「プラレールカーのおかげで、夏休み期間は例年よりも家族連れの申し込みが絶好調でした」と喜ぶ。

 500系新幹線は、引退目前だった。

 飛行機との競争を意識した500系は速度重視の設計になっており、天井が低いなど使い勝手の悪さが指摘されていた。

 東海道・山陽新幹線には、JR東海と西が共同開発した700系が平成11年に、同じくN700系が19年にデビューした。

 日本の新幹線の車両・システムの開発・運用はJR東海が大きな存在感を持つ。JR西単独開発の500系の立場は弱いものだった。

 22年以降「のぞみ」と「ひかり」は700系、N700系で占められ、500系は8両編成8本が、山陽新幹線内の「こだま」として運用されるだけとなった。最速新幹線の面影は消え去った。

 山陽新幹線内の「こだま」は1時間に1本あるかないか。平日は終日がらがらで、休日でも乗車率は1~2割程度だった。500系は、後輩に道を譲り、寂しく引退するかに思われていた。

 だが、そんな500系に転機が訪れた。

 JR西は平成24年10月、子供に車内マナー向上などを呼びかけるヒーロー風キャラクターとして、500系をモチーフに「カンセンジャー」を製作した。

 なぜ500系だったのか。独自開発した車両という、思い入れの深さも理由にあるが、それ以上に、子供からの人気がずば抜けて高かったからだ。

 700系以降のカモノハシのくちばしのような先頭車両に比べ、500系は鋭くとがった飛行機のような形状で、つり上がったヘッドライトは、いかにも戦隊ヒーロー向きの風貌といえる。

 子供向け鉄道雑誌「鉄おも!」編集スタッフの桃根医(おさむ)氏は「誌面で子供からイラストを募集すると、500系新幹線が一番多く集まる。子供の人気は他を圧倒している」と太鼓判を押す。

 カンセンジャーの握手会を開けば、事前告知なしでも常に数百人単位の家族連れが駆けつけるようになった。人気の高さを実感したJR西は、実際の鉄道利用につなげるため500系を使った特別列車を企画し、プラレールカーが誕生した。

 JR西はこの際、JR九州の観光列車「あそぼーい!」など、子供にターゲットを絞った列車の成功事例も参考にした。

 プラレールカー生みの親であるJR西営業本部観光列車開発担当課長の倉重雅彦氏は「プラレールカーは500系がなければ成り立たない。500系は、わが社にとって大事な集客ツールです。今後も、家族連れを呼び込むアイデアをどんどん出していきたい」と語った。

 500系新幹線

 JR西日本が単独開発し、平成9年3月に東海道・山陽新幹線でデビューした。飛行機との乗客獲得競争を意識し、日本で初めて営業速度300キロ(当時は世界最速)を達成した。「のぞみ」などに投入され、東京-博多を最短4時間49分で結んだ。平成10年には鉄道友の会のブルーリボン賞も受けた。