揺れ動くシャープ、拭いきれぬ不信感 鴻海と革新機構で“両天秤”

 
サイン入りの文書を手にする鴻海精密工業の郭台銘会長=大阪市阿倍野区

【漂流シャープ(下)】

 「優先的に交渉できる権利にサインした」

 5日午後5時半すぎ、大阪市阿倍野区のシャープ本社で、台湾・鴻(ホン)海(ハイ)精密工業の郭台銘会長は、興奮ぎみに報道陣のカメラに文書をかざした。

 ところが、その約1時間後、シャープは「優先交渉権を与えた事実はなく、最終的な契約条件を適時、誠実に協議するとした合意書を締結した」と発表した。本格交渉はすれ違いで幕を開けた。

 4日、シャープから鴻海との交渉を先行する方針を伝えられた郭会長の動きは早かった。「春節(8日)前後の連休前に交渉を加速させたい」と乗り込んできたのだ。台湾のカリスマ経営者の電撃訪問は噂にたがわぬ豪腕をうかがわせた。

 「郭会長はシャープのすべてを欲しがっている」

 鴻海関係者は買収の狙いを、こう解説する。

 家電や電子機器などの組み立てという業態で世界有数の企業に成長した鴻海はあくまでメーカーの“黒子”だ。消費者の手にわたる最終商品を製造・販売するシャープを傘下に加えることは、ブランドを手に入れるとともに、メーカーとして表舞台に躍り出ることを意味する。

 顧客企業に指定された部品を組み立てるだけではなく、商品の設計を主導して最終製品を生産すれば、利益率は向上する。シャープは液晶テレビや白物家電など幅広い商品を手掛けており、鴻海には魅力的な買収対象といえる。

 郭会長にはシャープの立て直しに対し実績に裏打ちされた確信がある。

 平成24年、大量の在庫と低稼働率にあえいでいたシャープの大型液晶パネル工場(堺市)株の38%を買い取り共同運営で25、26年度に2年連続で黒字にした。経営危機の元凶とされる堺工場製のパネルを鴻海が開拓した販路で売りさばいて復活に導いた。

 昨年末、郭会長は堺工場の忘年会に参加し、台湾メディアの取材に「2年もらえれば(シャープの)赤字を解消し、3年目からは黒字化できる」と豪語した。

 シャープにとってもチャンスだ。鴻海傘下になれば資金難でできなかった液晶事業の大規模な投資で競争力を回復できるチャンスになる。液晶のみならず、白物家電や複合機など各分野で15兆円企業の鴻海の資金力で競争力を強化できる。

 ただ、シャープも鴻海を全面的に信用したわけではない。過去にいったん合意したシャープへの出資を見送った経緯があるためだ。

 シャープは、鴻海の7千億円規模の拠出額もさることながら、雇用の維持や事業の一体再生を約束したことを評価して交渉を本格化させた。しかし、高橋興三社長は「交渉の段階で出資金を下げるなど、理屈に合わないようなことがあれば提携には至らない」と牽(けん)制(せい)している。

 この日、シャープ本社での高橋社長らとのトップ会談を終えた郭会長は「40歳以下の社員はリストラしない」と報道陣に明言したが、国内の生産拠点の存廃やベテラン社員の処遇には言及しなかった。

 「シャープの赤字(の大半)は太陽光パネルから来ている」とも述べ、リストラを示唆した。提示した条件に微妙な変化をにおわす言葉に、シャープとの溝が深まる可能性がある。

 シャープが優先交渉契約を否定したことについて、帰国前の関西国際空港で質問された郭会長は「一度や二度拒否されても気にしない。誠意を持ってともに働けば信頼できるパートナーになれる。信じてくれ」と語った。

 しかしシャープが最後まで革新機構と“両天秤”にかけて交渉を続ける背景は革新機構を所管する経済産業省への配慮だけでなく、拭いきれない不信感がある。

 この企画は、織田淳嗣、石川有紀、牛島要平、橋本亮が担当しました。