したたかな交渉術…安く買い叩かれたシャープ “身を捨てて浮かぶ瀬”はあるか
経営再建中のシャープが、台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業に買収された。金額は3888億円と当初予定額から約1千億円も減額。創業100余年の歴史を誇る日本有数の総合家電メーカーが、手練手管の台湾の新興企業に安く買い叩かれた格好となった。翻弄されたシャープ経営陣の姿に、“日本カード”の価値を熟知する台湾側からは「日本企業の台湾研究不足」が指摘されるほどだ。ビジネスのグローバル化が進むなか、日本企業の意識改革、サバイバル術が問われている。(吉村剛史)
鴻海に振り回され続けたシャープ
鴻海がシャープを買収する契約を結んだ2日、堺市堺区のシャープ堺工場で開かれた会見には、日本だけでなく台湾の報道関係者も多数詰めかけた。
「私の頭の中には(再建の)明確なロードマップがある」などと、会見で自信満々に演説する鴻海の郭台銘会長とは対照的に、シャープの高橋興三社長は緊張した表情で手元の資料を読み続け、約2時間40分にも及んだ会見は、まさに郭会長の“独壇場”となった。
それもそのはず、今年2月に4890億円の出資でシャープを傘下に入れることが決まりかけたが、その後「偶発債務の存在」を理由に次々と条件変更を要求。約1カ月間にわたる迷走後、最終的には出資金1千億円の減額に成功。鴻海にとってはかなり有利な条件で合意したからだ。
一方のシャープ経営陣は、鴻海の要求に振り回されっぱなし。「決めたことを翌日になってすべてひっくり返してしまう」(シャープ幹部)と不信感を募らせることもあったが、最終的には鴻海の要求に押し切られる形となった。
こうした両社の対応の違いに、台湾の経済関係者は「台湾企業は中華圏のビジネスも日本企業の特性も熟知している。対する日本企業は台湾企業のやり方や存在価値の研究不足。シャープは技術面ではトップ企業だが、ビジネス戦略や交渉面では未熟だったことを露呈した」と指摘する。
「トップダウン」の台湾に、「合議制」の日本
いったい、両社の違いはどこにあったのか-。
中国信託商業銀行(チャイナトラスト)の持ち株会社、中国信託金融ホールディングス最高顧問を兼務する江丙坤・東京スター銀行会長(83)は「台湾の企業は、日本企業に比べて意思決定が非常に早い。また、現地のニーズに合わせたカスタマイズの力にも優れている」と解説する。
郭会長は、町工場から1代で売上高15兆円、従業員100万人を超える世界屈指の巨大企業に育て上げたカリスマ経営者。部下に厳しいことでも知られ、「ワンマン経営」と批判されることも少なくない。
一連の交渉でも、「即断即決」で次々に要求を突きつける郭会長に対して、強力なリーダーがおらず、万事合議制のシャープ経営陣はたじたじ。高橋社長が「鴻海は興隆するアジアの勢いとスピードそのもの」と評価するのが精いっぱいだった。
さらに、江氏は郭会長がシャープの下請けなどについている日本の優秀な中小企業群の価値にも注目している可能性も指摘する。
「大阪は西日本最大の商業都市であり、バイオ関連産業や新エネルギー産業の集積地。同時に東大阪に代表されるように、世界の技術をリードする最先端のものづくりの街でもある。鴻海のシャープ買収を契機に、今後新たな台日のビジネスチャンスが広がる可能性は大いにある」
事実、台湾は2008年以降、バイオテクノロジーやクリーンエネルギーなど6業種、クラウドコンピューティングなど4業種を順次選定。当局が投資ファンドや研究開発助成制度などでこれらを育成支援することも決めている。
台湾・南投県出身で、経済部長(経産相に相当)や立法院副院長(国会副議長)、中国国民党副主席などを歴任した江氏も、鴻海のシャープ買収に先立つ3月28日、台湾の企業訪日団約50人(約20企業・グループ)を率いて大阪入り。
台湾三三企業交流会と台日商務交流協進会の両経済団体会長として、大阪商工会議所と業務協力覚書(MOU)を締結している。
グローバル化にのみ込まれないか…
鴻海傘下で経営再建にあたるシャープだが“身を捨てて浮かぶ瀬”はある。
江氏は「鴻海は、日本の優れた技術を生かしながら、実際に海外で売れる商品を提案する能力にもたけている。両社が連携すればアジアの発展にもつながる」と期待を寄せる。
シャープは、鴻海からの出資金について、有機ELに2千億円、液晶に600億円を投じる計画を立てている。米アップル社からiPhone製造を受注し、電子機器の受託製造業で世界トップに上りつめた鴻海にとって、シャープは非常に重要なビジネスパートナーとみられていることは間違いない。
その一方で、郭会長は「適材適所に人員を配置できていない」とシャープの組織を分析。社員の雇用については「全員残ってもらえるようにしたい」と明言したが、ドラスティックな組織改革で徹底的なコスト削減を図っていく方針とみられる。
こうした郭会長の姿勢について、台湾経済界関係者は「主に中国大陸で工場群を展開し、韓国のサムスンなどをライバル視する鴻海は、シャープの高い技術力を後ろ盾に持ったことをしたたかに利用してゆくだろう。シャープも鴻海を利用して飲み込み返すほどの経営再建戦略を示さないと、鴻海だけにとって都合のいい“結婚”になってしまう可能性もある」と指摘する。
実際に江氏の側近もこう話す。
「日本人は、中国か、台湾かの二者択一でないといけないと思っているようだが、それは間違い。中国をはじめ、東南アジア、世界への共同進出の出発点を、資金提供と技術マッチングによる日台産業協力プラットホームから考える時代になっている」
事実、東南アジアには台湾企業が1万社以上あり、商工会も54団体。台湾の東南アジア投資は840億米ドル以上だ。もちろん中国にも台湾企業は約8万社、商工会130団体、100万人以上の台湾ビジネスマンが暮らす。
外資傘下に入るシャープにとって、こうした新たな環境をどう活かすのか、これからが本当の正念場だ。
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