「ソアラ」に負けた「レパード」の末路 “世界初”強調も性能の差は歴然だった
【昭和クルマ列伝】
「日本にもベンツSLクラスやBMW6シリーズのような高級パーソナルカーが欲しい」。80年代、世界で存在感を増していた日本車に新たな価値を与えようと、日産は新型車の開発を進めていた。
理想は高かったが開発費は乏しかった。発言力のある販売店の意向も絡んで、妥協も必要だった。
80年9月、直線を基調とした斬新なデザインで新型「レパード」が登場した。ボディーは2ドアと4ドアハードトップ。鋭い傾斜のスラントノーズとリアまでぐるっと覆われた広いグラスエリアが特徴だった。
ただ、5ナンバー枠に収めるため全幅サイズは小型車「ヴィッツ」とほぼ同じ1690ミリで、異様に細長い。
斬新なデザインとは裏腹にエンジンは旧態依然の6気筒SOHCを搭載。しかも4気筒版も設定され、日産の最高級車としての魅力に欠けた。
それでもレパードは高級感を出そうと、快適で豪華な装備を満載した。カタログには「世界初」「日本初」の文字が躍る。とくにフェンダーミラーに付着した雨滴を小型ワイパーで拭うという、「フェンダーミラーワイパー」は話題となった。これが本当に便利かどうかは不明だが、「世界初」欲しさの装備であったことは間違いない。
レパードは一定の地位を得たものの、その栄華は短かった。発売から5カ月後、強力なライバルが出現する。
81年2月、トヨタが新型「ソアラ」を発売。端正で美しいクーペは、トヨタの技術を結集した最高級モデルだった。新開発の2800ccDOHCエンジンは170馬力を誇り、コンピューターによる車両制御システム、電子制御サスペンションなど性能の差は歴然だった。
「世界」を見据えていたトヨタと「国内」に徹した日産。目線の違いがクルマ作りとなって表れた。
ソアラは大ヒットを記録し、レパードは月産数百台程度に低迷する。2代目はソアラを後追いするが、曖昧なコンセプトのままブランドを構築できず、やがて市場から姿を消した。(中村正純)
■ なぜ「ロードスター」はこれほど愛されるのか 「セルシオ」との因縁も感じる
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