「MR2」本格派ではなかったけれど… キラリと光る日本初のミッドシップ

 

【昭和クルマ列伝】

 1970年代のスーパーカーブームを知る世代にとって「ミッドシップ」は特別な意味を持つ。何しろフェラーリ、ランボルギーニ、ロータスなど憧れのスポーツカーが軒並み採用してきたエンジン駆動方式だからだ。

 車体の中央にエンジンを配置することで前後の重量配分が理想的となり、回頭性を高め、クイックなハンドリングが得られる。

 そんなミッドシップ方式を日本で初めて乗用車に採用したのが84年発売のトヨタ「MR2」だ。

 エッジの効いた2ドアクーペは低いフロントノーズ、空力を考えた巨大リアスポイラー、リトラクタブル(格納式)ヘッドライトを備えたスポーツカースタイル。

 2人乗りの車内はミニマムだが、ゴルフバッグが入る程度の独立したトランクがあり、しっかと実用性も確保していた。

 エンジンはAE86型「レビン/トレノ」と同じ1600ccのツインカム。高回転型で130馬力を発生した。

 だが、MR2は本格スポーツカーとして扱われなかった。トヨタは「スポーティーパーソナルカー」と呼び、車名のMR2も「ミッドシップ・ラナバウト2シーター」の頭文字をとった。

 一部のマニア向けでは販売台数が見込めないのと、オイルショック後で、スポーツカーへの風当たりが強いことに配慮した。

 開発コンセプトは「コストをかけず、運転の楽しいミッドシップ車をつくる」。トヨタが参考にしたのは伊フィアット「X1/9」。量産車をミッドシップに転用して大ヒットした小型スポーツ車だ。

 同様の手法でトヨタは大衆車「カローラ」のエンジン、ミッション、足まわりを前後逆に搭載してミッドシップ車をつくり上げた。

 もし本格スポーツカーを一から設計・開発すれば巨額な費用が必要となる。合理的なアイデアによってMR2は200万円台という手頃な価格で売り出すことができた。

 誰もが気軽にドライビングを楽しめるMR2は若い世代を中心に順調に売り上げを伸ばした。

 欧州では俊敏なハンドリングが高く評価され、米国では「ミスター2」と呼ばれ親しまれた。

 86年にはスーパーチャージャーによる過給で145馬力にパワーアップ。走りに磨きをかけた。

 当時の企業スローガン「FUNTODRIVE」(運転の喜び・楽しみ)通り、トヨタらしい巧みなクルマ作りが光る一台だ。(中村正純)