ルール破る度胸が裏目に ウーバーが日本で失敗した本当の理由(2)

 
ウーバーのシステムを活用した京丹後市の「ささえ合い交通」。手にしたタブレット端末のアプリで女性が配車を依頼すると、自家用車が到着した。こうした取り組みを広げることができるか=5月、京都府京丹後市

 米サンフランシスコ発のライドシェアサービス、Uber(ウーバー)が日本でサービスを開始して2年以上が経過するが、苦戦が続いている。先週の記事では、日本で政府が業界よりも信用されることがウーバー失敗の第1の理由だと述べた。残る2つの原因を説明していこう。

 (2)日本では法令違反をしてはいけない

 より正しくは「日本ではひとりで法令違反をしてはいけない」のだ。焼き芋屋がトラックの後ろから火をちらちら見せながら走っているのを見たことがある人なら、日本でも法令が守られないことがあるのは分かるだろう。しかし、それは焼き芋屋もたい焼き屋も皆がそろって法の網の目をくぐり抜けているときだけだ。

 米国では、法令を破った個人に罰金や懲役が科されるのは当たり前だが、企業でのコンプライアンス(法令順守)となると話が別。欧米の企業ではコンプライアンスのためのコストよりも罰金の方が安ければ法令を破っても良い。

 それどころか、最高経営責任者(CEO)は経営を任された者として法令違反を選ぶ義務があると考える人たちすらいる。罰金は事業経営のコストに過ぎないと考えられ、数百万ドルの利益を守るためにとった行動によって数千ドルの罰金が科されたとしても、それで経営陣が解雇されることはない。

 事前調整の文化

 日本ではそうはいかない。CEOとしてとった行動と個人としてとった行動が別々のものと分けて捉えられることはない。誠実で信用できる人間か、そうでないかの二者択一だ。

 では、企業による法令破りは日本には全くないのかといえばもちろんそうではない。日本企業はあたかも法令を破る許可を事前に与えられているかのように見える。贈収賄、リベート、談合などのスキャンダルがニュースになるのは珍しいことではない。つながりを大切にする企業は特別な待遇を受け、時には強力な地元企業が何世代にも渡って規制逃れをしていることもある。

 こうした経営者が表向きの顔を保っていられるのは、日本の法令の文言とその施行状況に曖昧でどうともとれる部分があるからだと思う。よくあるやり方は、操業を始める前に規制当局に相談し、調整を済ませておく方法だ。当局は意外にも融通が利くようで、彼らの法解釈に従って操業計画を立てるのを手助けしてくれる。その後問題があれば、役所がすぐに現れてさまざまな指導が行われる。指導に法的拘束力はなくても、行動を改めるのが経営者に与えられた唯一の選択肢だ。文言の曖昧さを口実に、経営者は法令順守のためにできる限りのことはしてきたとの立場を表明できる。

 そこでやめれば、規制当局は体裁を守ることができ、経営者は間違ったことをするつもりは毛頭なかったと説明することでほとんどの場合許される。他の会社と同じように行動し、行政機関と友好的な関係を保てれば、日本ではフリーパスが与えられるかのようだ。

 ここで、米国で使われるビジネスの脚本を誤って使おうとすれば、見事に失敗する。当局に勝負を挑んだり、差し止め命令を求めて裁判を起こしたり、情報開示を拒んだり、世論に現行法が時代遅れだと訴えてキャンペーンを展開したりしてもうまくいかないどころか、CEOのキャリアさえ棒に振りかねない。

 ウーバージャパンは、昨年福岡で「みんなのUber」と題したライドシェアの検証プログラムを始めたが、国土交通省から道路運送法に抵触する懸念があるとして行政指導が下され、1カ月で終了している。国交省の担当者はインタビューで、「再三説明を求めたが返答がなかった」「プロジェクト開始から半月以上経過してから契約書が提出された」「納得できる対応や説明がない」と述べている。

 今年に入ってからは、ようやく5月に京丹後市で「ささえ合い交通」なる過疎地域の利便性を高めるサービスを始めるなどの動きが見え始めたウーバーだが、消費者を巻き込むことができたとしてもそれだけでは不十分な可能性がある。

 (3)ウーバーの戦略は既に周知の事実

 ウーバーの利用が米国で拡大したのは、操業当初、ウーバーが規制当局にまったくマークされていなかったからだ。規制当局が、事業が良い意味でも悪い意味でもいかに破壊的か理解したころには、ウーバーは既にまとまりのない小さなスタートアップではなかった。人気と資金のあるロビイング団体に膨れ上がっていたのだ。

 しかし、日本や諸外国の行政機関は今やウーバーがどんなシナリオを描いて動いてくるのか、その手の内を知り、素早く対応している。ただ、米国でもこのやり方はすでに通用しなくなっていると私は思う。

 例えば、2014年にローマとサンフランシスコでサービスを始めたMonkeyParking(モンキーパーキング)は、一般のドライバーが一時的に使っていた路上駐車スペースを他のドライバーに競売できるアプリだったが、サンフランシスコ市は開始数週間後に操業を停止するよう警告した。公共の道路に駐車する権利を売買することは違法であるとして、取引成立ごとに同社に2500ドル、ユーザーには300ドルの罰金を科すと脅し、アップルに対してはアップストアからアプリを削除するよう要請した。ウーバーの経験から、米国の自治体でさえこの頃にはガードを固めていたのである。

 規制緩和の動き

 皮肉なことに、日本は今少しずつ変わろうとしている。特に民泊、そしてライドシェアについても適法だとみられるようになっただけでなく利便性が高く活用すべきものと捉えられるようになってきた。これらの事業に適応する形で地方自治体による新しい条例が成立するなど、規制緩和の動きが広がっている。

 新しい規制についてはいまだ不明確な点が多いが、理にかなった枠組み作りのために各省庁や地方自治体が企業と協働しなければならない段階に入ったのは間違いない。とはいえ、米国のようにロビイストが圧力をかけたり法廷で当局とやり合ったりするという意味ではない。文字通り、官民が一緒になって働き、実態に合った法整備を進めるということだ。現状ではこの過程に関与している法律家の数が驚くほど少ない。

 日本では、既存の大企業が有利なのは当然で、それにより変化のスピードが遅いが、最近になって各省庁や地方自治体がスタートアップ、またはスタートアップ何社かのグループと進んで協働するようになっている。しかし、彼らは繰り返し法令に抵触した経歴のある企業とは一緒に仕事をしたいとは思わない。日本の消費者にも同じ抵抗感や嫌悪感がある。

 日本はもはや閉じた市場でもなく、単なる製造業中心の産業構造でもない。欧米企業が数多く進出し、既成概念を打ち破っている。マイクロソフト、セールスフォース、フェイスブック、アマゾンなどが日本の各業界を根底から変えてしまった。彼らは、スマートに立ち回り、米国では大うけだったビジネスの脚本を日本には持ち込まなかった。そこに成功のポイントがある。

 私たち米国人は、ルールを破る度胸のある者を好む。ルールに触れることなしに進歩はありえないと信じ込めるほどに、それは米国の文化に染み込んでいる。もし、革新的な進歩が法令に抵触することなく実現したならば、私たちは社会の因習や常識をルールと再定義して、ビジョンを持った起業家が果敢にルールを破って進歩を成し遂げたのだというストーリーを作るだろう。

 しかし、日本には何がルールかということについてもっと明確な理解がある。過去には因習を無視することはリスクであり、時にそれは利己的な姿勢だととられてきた。ただ、この見方には徐々に変化が見られ、私はそこに日本の希望を感じている。夢を実現するために因習にとらわれずに進むことは肯定的に見られるようになり、その主体である革新的スタートアップも歓迎される兆しがある。

 新脚本で臨め

 しかし、ルールといっても法令を破るとなるとまったく別次元の話だ。いくら法令が時代遅れでばかばかしいと思われるようなものでも、法に触れることは褒められることではない。

 法令に違反することを公言するような企業があれば、イノベーションの原動力や中間層のために戦う擁護者としてではなく、信用できない人が運営する利己的な存在として理解されることになるだろう。

 日本の産業界をディスラプト(破壊)しようともくろむ欧米企業、そして諸外国への進出を検討する日本企業は、国内市場での成功戦略はいったん忘れ、新しい脚本を手に新市場に臨むべきだ。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/