マツダのカラーデザイナーに聞く 「とにかく独自性を」「会社の思いを色で表現」
よく新車が発表された時に、テレビや雑誌、新聞等で自動車デザイナーのインタビューを目にすることがあると思う。その多くがチーフデザイナーやカーデザイナーなど、クルマの機械的な部分や内外装を担当する人の話だ。ご存知の方もいるとは思うが、実はクルマのカラーにもデザイナーがいる。今回、マツダの人気カラーであるソウルレッドプレミアムメタリックや新色マシーングレーの開発に携わったカラーデザイナー、岡本圭一氏に話を聞くことができた。彼らは何に触発され、どんなことを考えながら新たなカラーを生み出すのだろうか。(聞き手・写真 大竹信生)
--クルマにとってカラーとは? どのような役割があるのか。
「一般的に色は十人十色で、好き嫌いが明確に出るものです。自動車メーカーの間で、できるだけバリエーションを揃えてお客さまのニーズに応えようという時代もありました。我々が『魂動』デザインを進めてから考えていることは、造形を決めてから好きな色にマッピングする世界ではないんじゃないかということです。我々はデザインを極めるという考え方に立っているので、その思いを端的に表現しようとすると、何でも色を付ければいいという考え方ではないねと。我々の思いをストレートに伝えることや実際の色味も大切ですが、その前にどういった質感を“表情”としてクルマに持たせるのかが先です。そういう領域に入っていかないと、本質のデザインができないと考えています」
「質感表現にはそれぞれ最もふさわしい色味というものがあります。(今回発表した新色のマシーングレーは、精巧な機械の美しさを表現しているが)今回の狙いは本物の鉄の色を表現することでした。人間の目にどのように見えているのかを科学的に、光学特性などしっかり理解して作るという考え方にシフトしています。これは、マツダ独自のカラーに対する考え方かもしれません。ファッションでも素材が持つ良さを伝えるためには、その素材を生かす色を忠実に作ることが必要です。本質を見極めるためには、まずはそういう世界を作らなくてはいけません。ソウルレッドもマシーングレーも、そういう考え方をベースに作り上げました。逆に言うとターゲットは見えているわけです。塗料だから全く同じにはなりませんが、『鉄を光学的に分析して、こういう表情を作れば本物に近づくぞ』と。そこからエンジニアと一緒に試行錯誤しながら作るのが、マツダ独自の色作りだと思っています」
--普段から意識していることやインスピレーションは。
「例えばきれいな海を見て『青』というような、単純明快なインスピレーションは私の中にはありません。人にとって心地いい世界ってありますよね。濁った海や湖を見ても美しいとは思いませんよね。本当にピュアで透明度の高いものが人間にとって美しいのであれば、理屈抜きで美しいと思えるものをヒントにカラーを創作していきます。表面的にそれが青だから単純に青をやりました、というのであれば、何か新しいことはできないと思っています」
--マツダにもセダン、ハッチバック、SUVなどあるが、色を作るうえで車種によって意識は変わるのか。
「それは色の目的によって変わります。ソウルレッドは『魂動』デザインを象徴する色として作ったので、例えば『SUVだったらこういう強さが欲しいね』といったことは意識していません。ただ、過去にはSUVのコンセプトやターゲットイメージに向かって色を作ったケースもあります。大きく分けて二通りのやり方があるのかなと思います」
--例えばアクセラには全8色あるが、すべての現行車種に同じ8色を展開しているのか。
「車種によって違うものもあります。特にブルー系はひとつの色で全車種を網羅することが非常に難しいです。デミオはけっこう鮮やかな青を使っていますが、それをアテンザのような上級なクルマに使うと子供っぽさが出てしまいます。赤も単純に鮮やかな色だと上級なクルマに合いませんが、鮮やかさと深みを両立したソウルレッドなら小型車はもちろん、上級車に塗っても違和感がありません。お客さまには『大人っぽいソウルレッドに惚れて買った』と言っていただきました。まさにそういう狙いで作っているので、嬉しい限りです」
--イメージ通りにいかない色は。
「難しい色は、どこを目指すかによって変わってきます。いま私がやりたいことは、とにかくマツダの独自性を出すこと。そうなると、どれも難しいんです。『クルマの塗料とはこういう質感なんだ』と割り切れば、顔料のバリエーションも多くてやりやすいとは思いますが、私はどんな色域であってもマツダの独自性を表現したいと思っています。そうでないと、お客さまには新鮮に映りません。そう考えるとソウルレッドは難しかったですね。マシーングレーに至っては、赤より色味がない分、そこは本当に質感勝負なんです。それができない限り独自性は出ないと思っていたので、そこでまたハードルが上がりました」
「今後、例えば白やシルバー、ブルーもやるとしても、少し色味を変えただけではお客さまには伝わらないと思います。こっちのほうが少し赤いよねと言っても、たぶん響かないと思うんです。いまは世の中にいろんな色があるので、質感表情や新質感を目指さないといけないのですが、実を言うと『次、どうしよう』といった感じなんです。ソウルレッドやマシーングレーを出したので、お客さまの期待も大きいだろうなと…」
「マニアックな領域に入ろうとしている自分が怖い」
「やはりマツダの『魂動』の世界観は大切にしたいのですが、特別な色が揃ったとしても、我々のメッセージが分かりにくいのでは、という気もしています。マツダの方向性を示唆できるような色目や質感にこだわりたいという思いがあります。けっこうマニアックで、とても難しい領域に入ろうとしている自分が怖いんです(笑)」
「やはり新しい価値を生まないとお客さまには響きません。もうカラーは単純な“色替え”という世界ではないということをヒシヒシと感じています。我々もいろいろなものに刺激を受けないといけません。別の業界で出したカラーがいい色だから、というのも通用しないと思います。世の中に一度出てしまえば、それがクルマでなくても、もう新鮮ではないわけです。最初に新しいことをやらなくてはいけないと思っています」
「赤」はトレンドではなかった
「ソウルレッドを作り始めた当時、赤色はトレンドでも何でもなかったんです。あの時代はエコや環境が社会的に注目を浴びていたので、そういう視点じゃないと受け入れてもらえない空気がありました。普通に考えたら『環境をイメージするブルーだよね』とか、エコを思わせるような穏やかな色だったりするわけですよ。でも、マツダの考え方としては、『走る歓び』をお客さまに提供するのが我々の価値観なんです。ならば、色もそうでなければいけない。世の中がどちらの方向を向いていようと、マツダは自分たちの思いをきっちり表現して最後までやりきるところからスタートしているんです」
「マツダは歴代『赤』にこだわる会社です。私も入社して絶対にマツダの歴史の中で何か貢献したいと思っていました。そのためには、エンジニアと一つにならないとできません。そこはデザイナーというよりも、エンジニアのすごさです。そういう協力体制があって初めて、世の中に認められました。(インタビュー前に)大竹さんもおっしゃいましたよね。『他社さんからもソウルレッドに近い赤色が出ましたよね』と。ようやく他社も注目してくれる存在になったことは、すごく嬉しいことです。みんなが認めているということですから。(マツダ執行役員デザイン本部長の)前田育男はいつもこう言っています。『本質を見極めてデザインしないと駄目だ。そうしないとお客さまの心には響かない』と。まさに『魂動』はお客さまの心に響いてもらうことですから、本当に感覚的に『ああ、そうだな』と思うんですよ」
--ソウルレッドは他のカラーと同じラインで噴いているのに、なぜ高いのか。
「あの色を他のカラーと同じラインで塗ろうとしたら不可能ですが、それを可能にしたわけです。そこにはものすごい技術が入っています。それぞれの色はコンピューター制御で管理されています。使っている材料はもちろん高いですし、いろいろと工数もかかります。そうするとコストは総合的に高くなります。本当はプレミアムラインと通常ラインを分けてコントロールしたほうが楽です。でも、そうすると更にコストがかかって、カラーの値段がもっと高くなるんです」
「一般的にはノーマルとプレミアムのラインを使い分けていて、たぶん工場も違うはずなんです。私も他社さんのことは詳しくありませんが、通常の考え方はそうなんです。そうすると手間暇のほか、全体的にお金も時間もかかります。マツダがすごいのは通常のラインでロボット制御をするだけで、プレミアム塗装も同時に噴くことのできる技術を開発したことです。しかも、それを地球環境に最も優しいシステムの中でやっているんです。いい色だから許されるだろうという気持ちではいけないという考え方があるわけです。その中でもデザインは妥協しないぞと、と。そういう両立もできているんです。そこは、他社にはすぐに真似ができないと思うんです」
--塗装はどこまで人為的に行い、どこからデジタル化しているのか。
「イベントに展示するショーカーのような“一品モノ”は、職人が何日もかけてムラがないように手作業で作り上げます。量産ラインは基本的にコンピューター制御で行い、人の手はわずかです。一部のゴミ付着や細かいところは手で補正することもあります。手作業の場合は一日に数台しか作れず、コストも上がり、お客さまへの提供数も格段に減ってしまいます。我々はできる限りマツダに共感してくださるお客さまの手元にクルマを届けたいという気持ちがあるので、手間暇をかけずに手作業に匹敵する意匠をラインの中で組んでいます。人の手で塗ったような味わいあるものを技術革新でカバーして、同等のものを作っていくのが『匠塗(たくみぬり)』の技なんです」
--日本と海外で人気色は違うのか。
「一般的に言うと違いはあります。昔はそれが顕著に出ていましたが、最近はインターネットなど発達しているので、今はグローバルに同じ傾向にあるんです。そんな中で、中国はやっぱり赤が断トツに人気なんです。日本でもソウルレッドの人気は非常に高いですが、中国人の赤に対する思い入れは半端ではないです。中国の工場に行ったときに赤がびっしりとラインを流れているんですよ」
会社のメッセージをカラーで表現する時代
「SUVが出てから黒やグレーの人気も上がりました。その前は白やシルバーが断トツで人気だったんです。グレーは欧州向きなのかなと思ったら、米国でもそういう傾向になってきています。昔は地域特有の環境で生える色があったのですが、最近はあまり意識する必要がありません。(ソウルレッドやマシーングレーのように)会社の考え方を全面的に出してもいいんじゃないかなという気はしています」
「日本で売れるのは白、黒、シルバー、グレーで、赤は10%を切るのが普通です。それがソウルレッドは20%を超えていますからね。ロードスターでは40%を超える人気です。クルマの形は『魂動』デザインで統一しているので、見た目よりも『ソウルレッドだから買いました』と言ってもらえると、色の開発に携わったカラーデザイナーとしては嬉しいですよね」
『魂動』デザインとソウルレッドの投入以降、新規ファンも獲得するなど快進撃が続くマツダ。岡本氏が今のマツダについて「会社全体が部署の垣根を超えて協力的で、本当に一つになっていることを実感しています。ここまで強くチームワークを感じたことは今までなかったと思います」と笑みを浮かべながらしみじみと語る姿がとても印象的だった。
■マツダのデザイナーが語るボディカラーと『匠塗』の秘密 ソウルレッドはこうして塗っていた
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