アメとムチ…シャープ徹底管理 管理職の降格もある「信賞必罰」を強調

 

 台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の出資を受け、始動した「新生シャープ」。鴻海グループ副総裁でもある戴正呉(たい・せいご)新社長は8月22日、全社員に「早期黒字化を実現し、輝けるグローバルブランドを目指す」と題したメッセージを出し、経営方針を明らかにした。メディアにも全文公開するという異例の対応で、非情な覚悟がうかがえる。内容たるや、給与減額の見合い分を手当として支給する一方で、管理職の降格もある「信賞必罰」制度を強調し、「アメとムチ」政策が鮮明に。人材流出が続く中、人心を掌握しながら構造改革を進めていく難しさが手に取るようにわかる。(織田淳嗣)

 流出食い止めて

 「皆さんと私は仲間です。一緒に困難を乗り越え、早期の黒字化を果たしましょう!」

 戴社長のメッセージはこう締めくくられた。いかにも“友愛的”だ。

 戴社長は、鴻海の出資を「買収ではなく投資」「シャープは引き続き独立した企業」とシャープの独立性を強調。「誠意と創意」を掲げた創業の精神については、「引き続き根幹となるもの」とするなど、全体にシャープを気遣う記述が目立った。

 一般社員に実施してきた2%の給与カットについても、メッセージの中で減額の見合い分を手当として支給することを表明。管理職も成果次第で支給されることになった。戴社長は6月に、国内外の従業員約4万3千人のうち7千人規模の削減も示唆していたが、22日に堺市の本社に詰めかけた報道陣に対し、「できれば今の社員は全員残ってほしい」とトーンダウン。人員の適正化は基本的には配置転換で対応する考えも示した。

 こうした一連の“アメ”は、これ以上の人材流出を防ぐ狙いもありそうだ。経営危機を受け、シャープからは日本電産やパナソニックなど、電機各社への移籍が相次いだ。取締役経験者ら幹部級も多く流出している。あるシャープの男性社員は「パナソニックでは元シャープ社員のグループができているそうです。僕は乗り遅れたんですけどね」と寂しそうに明かす。再建に向けて、まずは疲弊した社員の待遇を改善する姿勢を示した格好だ。

 コストカッター

 経営戦略の内容では「IoT(モノのインターネット化)の推進」「分社化経営の徹底」などがうたわれているが、これらはすでに昨年10月に当時の高橋興三社長が打ち出していたものだ。

 違いは、鴻海が「徹底的な管理」(広報担当者)で利益の実現を目指す点だ。下からの意見を吸い上げて全体をまとめていく「ボトムアップ型」の経営を目指していた高橋前社長は、現場の裁量に任せ、自ら判断する局面は少なかった。社員の主体性をうたい「てめえ(手前)でね。きちんと責任を持って仕事する強い気持ちの社員を増やしたいんだ」と発言したこともあった。だが、実態は放任であり緩慢な経営であった。シャープ幹部の1人は「鴻海は、シャープは自分の頭で考えることができないと判断し、細かく厳しく管理することにしたようだ」と打ち明ける。

 鴻海による「コントロール」の意思は、戴社長のメッセージの中のコストカットに対する考え方からわかる。戴社長は「事業所を訪問した際、現場にはコスト削減の余地が多数ありました」と現場で見たままを強調し、リストラへの強い意欲をうかがわせている。

 シャープは特に液晶の素材の仕入れ値が高く、利益を圧迫する要因となっている。「一人だけで高い消費税を払っている状態」(公認会計士)とも指摘され、戴社長も「徹底した原価低減」を打ち出す。「過剰な設備の撤廃」との表現も盛り込まれ、今後赤字事業に大なたが振るわれる可能性もある。

 戴社長が鴻海グループのナンバー2として、郭台銘会長(英語名=テリー・ゴウ)の信頼が厚いのは、人員整理など困難な仕事をこなしてきたからだ。「コストカッター」の異名を持ち、今年6月にシャープの株主総会会場のオリックス劇場(大阪市西区)を訪れた際、「なんで、こんなに大きなところでやっているんだ!」と声を荒げたという。戴社長の檄が飛ぶ場面が増えるたび、“鴻海色”が濃くなっていきそうだ。

 鴻海がシャープに飲まれる?

 注目されるのは、A4用紙で4枚にもなる戴社長のメッセージ全文がメディアに開示されたことだ。高橋前社長の時代にも、社員向けにメッセージは出されていたが基本的には非開示だった。もちろん、メディアに公開されることもなかった。さらに業績の悪化とともに、閉鎖の度合いは増していったのである。

 しかし戴社長が就任した8月13日、シャープは公式ホームページ上で「22日に役職員に対して自らの方針を表明する予定です」と明らかにし、今回の開示につながった。メディア向けには簡易な抜粋版も用意されていたが、最終的に全文を出した。シャープ中堅社員の1人は「私たちの常識では外部に出したり、告知することはない。国が違うのでそうした感覚も違うのだろう」と驚く。

 情報をオープンにした姿勢からは「新生シャープ」を内外に強くアピールする狙いが見え隠れする。戴社長のメッセージが出された8月22日(月曜)の東京株式市場のシャープ株価は前週末比3円高の138円となり、市場はひとまず新社長とその方針を好感しているようだ。

 とはいえ、再建は生半可な覚悟でできるものではない。シャープにはここ数年間、銀行からの支援で受けたお金を“底なし沼”のように飲み込み、銀行から派遣された役員もコントロールできず、赤字を垂れ流してきた過去がある。

 今後、鴻海が逆にシャープの“底なし沼”に飲み込まれないとも限らない。まずは人心を含めて鴻海がシャープの社員をしっかりと掌握することが、再建への第一歩となりそうだ。