このままでは中国に競り負ける日本企業の「インフラ輸出」 大手商社からは嘆き節

 

 安倍晋三首相のトップ外交や「質の高いインフラ輸出」の名のもとに制度金融を充実させ、官民連携でインフラ輸出を強化する-。そんな安倍政権の戦略に、民間は一様に歓迎の意向を示す。だが、経済協力の現場では本来なら、日本企業の機器納入が確実視される案件で2020年の東京五輪特需に沸くメーカーが応札せず不成立になる事例も出ている。インドに続き今後、高速鉄道を受注できても運営ノウハウを持つJRグループの人材不足が障害となりかねないと懸念する声もある。グローバルに活躍できる技術者育成に取り組まないと、海外インフラ輸出はおぼつかない。

 今年4月。マニラ首都圏を走るLRT(軽量高架鉄道)1号線延伸計画の新型車120両の調達入札に日本勢がどこも応札しない事態が起きた。

 国際協力機構(JICA)が実施する円借款案件の中でも資材や工事の一部を日本企業が受注できる「ステップ」と呼ばれる案件で、日本の受注は約束されていたのに、手をあげなかったのだ。

 06年の最初の入札には近畿車両と日本車両製造がそれぞれ受注した経緯がある。当時は官民ともに将来の延伸計画による追加受注を視野に入れていたはずだった。事業主体の運輸通信省は、20年に開催予定の東京五輪に伴う車両需要の拡大が背景にあるのではと、分析した。日本の政府関係者も「国内受注で手いっぱいで海外まで手が回らず、技術者不足で身動きがとれない」のだと分析する。

 実際に近畿車両は国内需要への対応に追われており、関係者は「円借款プロジェクトで日本企業が入札に参加しない事例が増えている」と打ち明ける。

 政府内には「円借款供与国の信頼を失いかねい」と懸念する声も出ている。

 政治リスクが少ないシンガポールでも受注に異変が起きている。日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査では、13年以降にシンガポールの陸上交通庁(LTA)が発注した地下鉄駅やトンネル工事をめぐり、五洋建設や西松建設など日本の建設会社が単独や共同で受注した案件は27件中7件で、中国と並びトップだった。だが、15年以降はパッタリで、その背景にも東京五輪特需やリニア建設などめじろ押しの国内の大型工事があるという。

 大手商社からは海外のプロジェクトに関して「建設大手から振り向いてもらえない」との嘆き節も聞かれる。

 五輪特需の期間中、海外の受注競争で日本勢の存在感が薄くなる中で、新興国勢が技術力をつけて競争力を強めるのは確実で、特需後に日本勢が競争に再参入できるのかをいぶかる向きもある。

 官民あげて取り組む高速鉄道でもJRグループの人材不足を懸念する声が大きい。日本と中国が受注を競ってきたインドネシアの高速鉄道計画は、二転三転の末の15年9月に中国の採用が決まった。日本は中国に競り負けたとされ、インフラ輸出失敗の代表例とみられている。ただ、民間企業はそもそも同計画の採算性に疑問を投げかけていた。また、受注が取り沙汰されたインドの案件をにらみ、インドネシアとインドの両方にJRの技術者を投入するのは難しいのではないかと不安視する声も上がっていた。高速鉄道はタイやシンガポール~マレーシアなど計画がめじろ押しで「優先順位をつけて選別しないと、技術力が追いつかない」のが実態なのだ。

 政府は今年5月、質の高いインフラ輸出の対象国をアジアから全世界に広げた。ロシアやアフリカなどが念頭にあるとみられる。JBIC(国際協力銀行)のリスクマネー供給やNEXI(日本貿易保険)の機能強化、JICA(国際協力機構)の海外投融資の柔軟な運用・見直しも図り、受注に向けた金融支援の道具建てはかなり整ったといえる。だが、今後、海外の受注競争を勝ち抜けるかは、長期の視点でグローバルに活躍できる技術者をどれだけ育成できるかにかかっている。(上原すみ子)