散々だった記者7人のiモード発表会見 それでも世界伝播へ「行ける」と確信

 
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の1階メインロビーで、美術作品として展示されている「emoji」(上塚真由撮影)

【技術革新とiモード】(2)

 ■発表会見記者7人でも…

 米ニューヨークのセントラルパークに近い近代美術館(MoMA)で今、入り口近くの壁に「絵文字」のボードが展示されている。昨年10月、ハートや太陽などの絵文字176種類が、同館の永久収蔵コレクションに加えられたからだ。

 「現在の『emoji』の遺伝子は明らかに、クリタの独創的なデザインの中にある」

 説明文にあるクリタとは、NTTドコモでiモード開発に携わった現ドワンゴ執行役員の栗田穣崇(しげたか)(44)のことだ。携帯電話でメールをやりとりする。新しいコミュニケーションには絵文字が絶対に必要だと考えた。

 競合も採用したemoji

 「何してるの?」。社会人になりたてのころ、恋人からポケベルに入った何げないメッセージが原因でケンカになった。行動を勘ぐられているような気がしたからだ。

 「笑顔やハートが添えられていれば真意が伝わったはずだ」と、自ら12マス×12マスの方眼紙を塗りつぶし、一つ一つデザインした。絵文字は競合他社や米アップルの「iPhone(アイフォーン)」にも採用され、世界に広がる。

 「絵文字は必然的に生まれたんです」。栗田の言葉通り、絵文字はLINE(ライン)などの「スタンプ」に発展し、今も使われている。

 iモードが世に広げたものは他にもあった。「モバイルバンキング」もその一つだ。

 iモードでサービスを提供する企業を探していた夏野剛(51)らのグループは、都市銀行に、携帯で残高照会や振り込みといった銀行取引ができるサービスを提案した。「携帯は無線だから」と不安視する担当者を、「一等地にATM(現金自動預払機)を置かなくても、顧客が取引をしてくれます」と懸命に口説いた。

 「今回は絶対に失敗できなかった。キャリアの面でも、お金の面でも」

 米国でMBA(経営学修士)を修めた夏野だったが、ドコモに入る直前は、自ら私財を投じて立ち上げた会社の経営が行き詰まっていた。

 パソコン画面に広告を出しネット接続料を無料にするサービスを提供していたが、当時、パソコンの普及率は低く、契約やソフトの導入も高いハードルだった。それに対し、携帯は1人1台で、支払いも通話料金とひも付いている。ソフトも最初から入っている。「自分のキャリアがなくなる瀬戸際だった」という夏野だったが、「行ける」という確信があった。

 しかし、いざ意気込んで開いたiモードの発表記者会見は散々なものだった。

 「なぜたった7人なんでしょうか」

 1998年11月に開かれた「iモード」の発表会見。東京・内幸町の旧電電公社ビルの「葵(あおい)記者クラブ」に現れた記者は6人。途中から1人が加わった。

 「革新的なサービスを発表する」「新聞に大きく掲載される」-。コーラルピンクのスーツを新調して臨んだ松永真理(62)の落胆をよそに、記者は「革新的なサービス」ではなく、開発責任者の榎啓一(67)に通信技術について質問を続けた。

 なぜ…、帰りの車の中で松永は榎に不満をぶつけた。67社からサービス提供を取り付けていた夏野も青ざめた。「これでうまくいかなかったら詐欺だ」

 記者会見の準備に関わった原田由佳(52)は、当時のことを今もよく覚えている。10年間、NTTで働いていた原田は、「会見するなら記者は来ているだろう」と漠然と考えていた。PRの重要性も身にしみてはいなかった。「過去のやり方でいいと思っていた。苦い経験だった」

 再挑戦の「広末起用」

 「iモード」のロゴとともに多くの人の記憶に残っている女優、広末涼子(36)を起用して再挑戦の発表会が開かれたのは、この会見から2カ月後の99年1月25日。ポケベルのCMに出ていた広末が大学進学とともにiモードを手にする。松永と原田らが綿密に練った、実際の広末とiモードのストーリーを重ねあわせるプロモーション。会場にはカメラマンと記者があふれた。最盛期には契約件数が約5000万件にのぼった巨大サービスが幕を開けた。

 iモード基本料金は当初から現在まで、月額300円のまま変わっていない。実はコンサルティング会社が提案した額は月2000円だった。だが、松永はこれに強く反対した。

 「雑誌は500円なら読みたい特集がなければ買わない。300円なら習慣的に出す」。松永は「20年間市場を見てきたという自負があった」と話す。

 全く未知のサービス-。しかし、開発担当者はそれぞれの経験からくる確信を抱いていた。

 「スタートの時の知的高揚感は忘れられない。奇跡が生まれた感じがした。世の中にないものを作っている。向こう側に行くと何かがある、という感じだった」

 松永は日本で「イノベーション」が生まれた瞬間をそう表現した。だが、ビジネスが巨大化していくとともに、その輝きを曇らせる動きも生まれていった。=敬称略、年齢は現在

■(3)日本の携帯は本当に「ガラパゴス」だったのか? iモードの革新性見抜いたグーグルCEO に続く

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【用語解説】広末涼子さんの記者会見

 1999年1月25日、iモードのCM発表会として、東京・原宿のイベントホールでNTTドコモのCMキャラクターを務めていた広末涼子さんが出席して記者会見が開かれた。当時、早稲田大学への入学が決まった直後で人気絶頂だった広末さんの登場とあって、500人超の報道陣が集まった。初のiモード対応機「F501i」を手にする広末さんの姿が広く報道され、iモードに社会的注目が集まるきっかけとなった。