海風に雑草だけが揺れていた。茨城県東海村の日本原子力研究開発機構の敷地。原子力発電に初めて成功した動力試験炉がここにあった。いまは更地になっており、道路脇に「原子力発電発祥の地」との銘板が面影を残すだけだ。
「あれから50年ですよ。原子力に携わる者以外は、誰もこの日を知らないでしょうけど」。原子力機構の原子力科学研究所廃止措置課長、白石邦生(くにお)=(57)=はこうつぶやいた。
昭和38年10月26日午後4時59分。世界で11番目、アジアでは初の「原発国」となった瞬間だ。
《待ちに待った一瞬》《“原子力電灯”またたく》《ついたぞ!アトムの灯》
発電に成功した翌日の各紙は、いずれも1面トップで原子力発電の成功を伝えた。産経新聞は「関係者150人が一緒に乾杯、“日本の原子力発電時代の夜明け”を喜びあった」と歓喜に湧く現場を詳報した。
白石は高校卒業後、昭和50年に入所した。原子力機構では、数少なくなった試験炉の運転に携わった経験を持つ。「オイルショック(石油危機)があった後で、次のエネルギーは原子力だという期待を持って働いていた」
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政府は翌年、記念すべき10月26日を「原子力の日」と定め、毎年この日に原子力に関係する機関や企業などでPR行事を行ってきた。だが平成23年3月の東京電力福島第1原発事故後、途絶えた。もはや祝えるような状況にはない。