こうした状況に変化が起きる。その変化は、「ガンバレ!阪神タイガース」缶の売れ行き好調だった85年4月17日の夜。阪神甲子園球場で、巨人軍のエース槙原投手から、阪神のバース、掛布、岡田がバックスクリーンへ3連続ホームランを放ったのだ。甲子園球場では当時、ビールはアサヒしか販売していなかった。“バックスクリーン3連発”で勢いを得た阪神は、シーズンを激走。21年ぶりに優勝を果たす。満員の球場では連日、アサヒは大いに売れた。さらに、以前から球場外でも販売していた同デザイン缶はこの年、過去最高の売り上げを更新したほどだ。
「1985年はアサヒにビールの神様が降りた、と今でも思います。21年ぶりの阪神の優勝が、当社の一番苦しい時期を救ってくれました。どんな状況でも一生懸命やっていれば、いいことは必ず起こるものなのです。だから、決して諦めてはいけません。苦境から逃げてはいけない」
翌86年には、通称“コクキレビール”の「アサヒ生ビール」が新発売となる。このコクキレビールは久しぶりにヒットを飛ばし、低迷するアサヒのシェアは底を打つこととなった。シェアは再び10%台に回復する。「商品が売れる喜びを思い出し、そして何よりもアサヒを応援してくださる得意先への感謝の気持ちを、改めてみんなが味わいました」