「今の時代とは異なる流通の状況下、アサヒを推奨販売してくださる得意先との結束力は、さらに高まりました。今思い起こすと、頑張っても思うように売れない厳しい時代の経験は、営業マンの成長の糧となっていたのだと。また、得意先との強い結束力がいかに大事であるかを学びました」
87年以降に、本当の意味で“売れる”ことを体験することになる。
《スーパードライとドライ戦争》
ヒット商品の代名詞でもある「スーパードライ」は、87年3月に当初は首都圏限定で発売される。が、すぐに全国販売に切り替わる。荻田氏は86年に九州支店営業第一課長に異動となっていた。九州でスーパードライが発売されたのは87年5月中旬である。「すぐに全国展開したトップの決断力、スピードはすごかった。『チャンスは貯金できない』と樋口さん(廣太郎社長=当時、故人)は話していました」「また、“売れる”という実感を我々は得た。自分たちの知らないところで、商品が売れていくのです」
スーパードライは初年度1350万箱(1箱は大瓶20本)売れる。それまでの新商品販売記録は、86年発売のサントリー「モルツ」が打ち立てた約185万箱。