(大橋純人撮影)【拡大】
2020年東京五輪開催との同時開業に向け、JR東日本が進める山手線田町-品川間の新駅計画のプロジェクトリーダーだ。山手線では昭和46年完成の西日暮里駅以来となる一大プロジェクトだけに「周囲からの期待も高く、身が引き締まる」と緊張気味に語る。
転勤族だった父親とともに引っ越しを繰り返し、移動拠点となる駅は幼いころから身近な存在だった。大学時代には駅を中核としたまちづくりに関心を持ち、当時、建設会社のテレビCMで流れていた「地図に残る仕事」という言葉に心を動かされ、平成10年にJR東日本に入社した。
社内でのキャリアは駅づくりを中心とした業務が大半を占め、いつしか駅専門の「計画屋」と呼ばれるように。とりわけ印象に残っているのは、18年6月から4年間携わった渋谷駅の改良計画だ。JR東日本のほか東急電鉄、東京メトロの3社が乗り入れる施設工事の難易度は国内でもトップクラスといわれるが、担当した計画段階でも、3社の主張を調整する難局を幾度も経験した。「当時は妥協点を見いだすのに苦労し、ときに担当者間での議論も過熱した」と振り返る。
駅とまちが一体となってにぎわう-。これが自らの“駅づくり哲学”だ。24年11月から所属するターミナル計画部では、その哲学を胸に担当課長として山手線の新駅構想を牽引(けんいん)する。「これまで別々だった駅づくりとまちづくりを連動させ、五輪を意識しながらにぎわいのある交流拠点にしたい」。地図とともに国内外の人々の記憶に刻まれる新駅の建設に向け、斬新な仕掛けを練っている。(花房壮)