■できる社員は「会社思い」
◆「第二の創業」決意
《デジタル化の波が押し寄せる中、富士フイルムホールディングスの社長に就任したのは2000年。同社の経営改革が本格化した》
「一番に考えたのが『とにかくこの会社を生き残らせなければならない。ただし、単に生き残ればいいわけではなく、21世紀を通じてエクセレントカンパニーであり続ける』ということだ。写真フィルム市場の縮小に合わせ、企業の規模を小さくすることによって何とか生き延びるのではなく、日本を代表する一流企業であり続けたいという、強烈な思いがあった。まさに『第二の創業』に取り組むという強い決意だった」
《古森重隆氏は『写真文化を守る』という使命を打ち出す一方、写真関連分野の大規模な構造改革も断行した》
「写真とは人間にとって大切な文化であるからこそ、安定的に利益を確保していくことができる事業として写真フィルム事業を成り立たせるために、構造改革でダウンサイジングを図ろうとした。リストラはやらないで済むのなら、やりたくないに決まっている。しかし、優先順位として、富士フイルムを生き残らせなくてはならない、という強い使命感や責任感があった」