ダイエーが2004年に政府の産業再生機構に支援を仰いだ経緯が、同機構の専務COOだった冨山和彦氏の証言報道によって明らかになってきた。当時の小泉純一郎内閣によって、ダイエーは自主再建路線を断念させられたという。官は強し、民は弱し。再生機構が起用した経営トップは再建に失敗した。
持ち株を手放す直前にインタビューした江副氏は、リクルート事件の公判中にもかかわらず笑顔を絶やさなかった。創業以来、初めて減収となり、グループ企業の借り入れの返済が懸念されていた。自らの著作である「リクルート事件・江副浩正の真実」によれば、後継者たちが自主再建してくれることを確信していた。
リクルートの「カモメ」とダイエーの「D」の1代前のシンボルマークはともに、1964年五輪のポスターを手掛けた亀倉雄策氏の作品である。2人の創業者が歴史上で評価されるのはこれからなのだろう。(シンクタンク代表 田部康喜)