現在、チームを牽引するのは2代目の永山忠幸監督。指導歴は16年目に入るが、就任した2000年当初は真木選手ら主力メンバーがすでに退社し、一からの再スタートを余儀なくされた。特にヘッドコーチとして臨んだ前年の淡路島女子駅伝はいまも脳裏に焼きついているという。この大会は全日本実業団対抗女子駅伝への予選も兼ねていたが、9位に終わり、常連だったそのキップを逃した。それだけに「強いチームをつくるために何をすべきか。監督として自分自身を成長させる原点にもなった」と振り返る。
◆史上2人目の快挙
次世代のエースに成長するのが、永山監督自らスカウトに出向いて獲得した福士選手だ。青森県の高校を卒業後、2000年にワコールに入社するとトラックレースや駅伝で頭角を現し、3000メートル、5000メートルの日本記録、ハーフマラソンのアジア記録を樹立。五輪では04年のアテネ、08年の北京、12年のロンドンといずれも女子1万メートルに出場し、弘山晴美選手と並ぶ3大会連続代表選出という史上2人目の快挙を果たした。
「一戦ずつ着実に成長を続けてきた選手。自己記録の更新に向け、必ずサプライズを起こしてくれる」
永山監督の“福士評”だが、08年に初めて挑戦したマラソン(大阪国際女子マラソン)では新たな課題も浮き彫りになった。30キロ付近まで2位集団を引き離す独走が急激にペースダウン。何度も転倒する中、監督から「もうやめてもいい」と止められながら執念で走り切った。結果は19位と惨敗。準備不足のため、十分なスタミナ補給ができなかったのが敗因だった。