1度目は1950年、日本最大級の労働争議が前年に勃発し、大赤字を計上した時だ。資金繰りに窮したスズキはトヨタの資金援助を受けて生き延びることができた。2度目は1975年、スズキのエンジンが排ガス規制をクリアできず、鈴木会長(当時専務)がトヨタの当時の社長である豊田英二氏に頭を下げ、エンジンを供給してもらった。
以来、豊田・鈴木両家の関係はより親密になり、英二氏は後任を託した章一郎名誉会長に「スズキが困った時には助けてあげるように」と申し送りをしたと言われている。その章一郎名誉会長を鈴木会長は「兄のような存在」と慕っている。豊田章男社長もその辺の関係は承知しており、章一郎名誉会長から「修さんに会ったよ」と一言言われただけで、すぐに鈴木会長に会い、今回の提携の件を決断している。
今後、両社の間で次の時代を生き抜くための具体的な話が進んでいくことになるが、おそらく軽い資本提携にまで発展していくことだろう。そして、豊田章男社長と鈴木俊宏社長は父親同士と同じような関係になっていくと思われる。
(ジャーナリスト 山田清志=文)(PRESIDENT Online)