
HappyHackingKeyboardの1996年発売の初代モデル(奥)と今年4月発売の最新モデル(PFU提供)【拡大】
そしてASCII配列を採用していることも手伝って、米国市場で販売することが決定する。当時、アップルやピクサーなどからも注文があり、担当者はHHKBが世界にも認められるという手応えを感じつつも、3万円という価格がネックとなり、とにかく数が売れなかった。そこで、アメリカ主導で廉価版を作ろうということになり、OEM(相手先ブランドによる生産)供給できるところを探した。
最終的にたどり着いたのは台湾のキーボード製造大手のチコニーエレクトロニクス。当時月間250万台の製造規模を誇るキーボード大手が、HHKBのように月間1000台、よくて2000台ロット規模のキーボードを製造してくれるとは思わなかったそうだが、日本で売り出したところ意外と好評だったため続けられたという。
それでも米国市場ではなかなか受け入れられなかった。営業は1人で販売、広告作成を任され、キーボードを背負ってキャラバンに持って行くといったようなことまで任された。当時インターネットのウイルスやワームがはやった背景もあって、客先に言われたのが「Hackingという名前があまり良い印象ではない」ということだった。そこで「Happy Hacking」のロゴの代わりに自分の名前が入れられるネームプレートを用意したところ、飛躍的に売り上げが伸びていったという。
◆商標で苦い思い出
実は、主に米国市場向けにPalm(パーム)でキーボードが使えるようになる「Happy Hacking Cradle」なる製品もリリースした。これは当時アメリカの雑誌に「Must have(必携品)」と評されるほどの完成度であったが、まったくの鳴かず飛ばずで“黒歴史”入りとなる。パーティーでこの製品の話を持ち出すと、PFU社員全員が顔をうつむけて笑うほどだった。